国際アニメーション映画祭「東京アニメアワードフェスティバル2020(TAAF2020)」(2020年3月13日~16日開催)より、「アニメ オブ ザ イヤー部門」から全部門の受賞作 …

国際アニメーション映画祭「東京アニメアワードフェスティバル2020(TAAF2020)」(2020年3月13日~16日開催)より、「アニメ オブ ザ イヤー部門」から全部門の受賞作 …
野村総合研究所は「テレビ番組の視聴実態」に関する調査を行い、その結果の一部を発表している。発表されたデータは、テレビ番組の視聴におけるリアルタイム視聴と録画を含めた視聴の関係だ。
前回、’82年を境にハイターゲット(中高生を視聴者と想定した)作品が増えているという状況を確認した。
では今回は、それが各局の中でどのように編成されているかを見ていきたい。まず’82年
こうした混迷を抜け出すべく、様々な企業が様々な試みを行っている。
その最もドラステックな挑戦が、『ガンダムUC』である。『ガンダムUC』の挑戦、それはすなわち「脱テレビ」である。長年テレビというメディア深く依存して来たアニメ業界の中で、これまでのビジネスの在り方に真正面から挑戦するかたちだ。
前回までで70年代のTVアニメの状況を概観したので、今回は’70年代を通じて「アニメ」の用語がどのように定着してきたかを確認したいと思う。本連載でも第1回で、「アニメ」という言葉の使用歴を探ったが、今回は朝日新聞の記事中でどのように報じられてきたかを、関連記事を時系列で追いながら確認したい。
’77年夏に劇場版『宇宙戦艦ヤマト』が公開され、第1次アニメブームが到来する。
ただし、’77年秋の週間放送本数が30本と高い数字をマークしているのに対し、’78年春から’80年秋まではそれよりもやや少ない20本台半ばで推移している。とはいえ’76年春まで放送本数はそもそも20本を超えることがなかったことを考えると