藤津亮太のテレビとアニメの時代 第13回 「原作付き・プライムタイム」/「オリジナル・夕方」

前回、’82年を境にハイターゲット(中高生を視聴者と想定した)作品が増えているという状況を確認した。
では今回は、それが各局の中でどのように編成されているかを見ていきたい。まず’82年

ガンダムUCの挑戦 変わるアニメのウィンドウ戦略

こうした混迷を抜け出すべく、様々な企業が様々な試みを行っている。
その最もドラステックな挑戦が、『ガンダムUC』である。『ガンダムUC』の挑戦、それはすなわち「脱テレビ」である。長年テレビというメディア深く依存して来たアニメ業界の中で、これまでのビジネスの在り方に真正面から挑戦するかたちだ。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第10回 ’70年代「アニメ」用語の定着

前回までで70年代のTVアニメの状況を概観したので、今回は’70年代を通じて「アニメ」の用語がどのように定着してきたかを確認したいと思う。本連載でも第1回で、「アニメ」という言葉の使用歴を探ったが、今回は朝日新聞の記事中でどのように報じられてきたかを、関連記事を時系列で追いながら確認したい。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第9回’70年代の到達点としての’79年

 ’77年夏に劇場版『宇宙戦艦ヤマト』が公開され、第1次アニメブームが到来する。
ただし、’77年秋の週間放送本数が30本と高い数字をマークしているのに対し、’78年春から’80年秋まではそれよりもやや少ない20本台半ばで推移している。とはいえ’76年春まで放送本数はそもそも20本を超えることがなかったことを考えると