STEVE N’ STEVENはアニメ業界に何をもたらすのか 前編

監督 神山健治の挑戦

アニメーション関係者にとって、STEVE N’ STEVENに一番の関心は、やはり共同CEOとして神山健治監督が会社のトップになることだろう。こうしたこれまでになかった決断に至った背景には、神山監督自身のこれまでの経験が色濃く反映されている。
ビジネスパートナーと継続的な関係を築きたい、それがアニメーション業界を広げるとの考えが、会社設立につながっている。

■ 共同CEO神山健治 その理由

AA
これは根本的な疑問なのですが、アイデアや仕組みを神山監督に期待するのであれば、監督はアドバイザリーでもよかったわけです。今回は監督が共同CEOです。主体となったのはなぜなのでしょうか。

神山健治監督(以下神山)
例えば、僕らはCMの仕事をアニメーションで受けるというのを、これまでも何度もやってきました。ただ、アニメーションの現場は実写の現場とは作業の流れがかなり違います。アニメーションは一度映像を作ってしまうと、なかなか修正が利かないんです。
映像を完成させる過程で試行錯誤はありますが、完成画面の出来不出来はほとんど一発勝負となる。絵コンテが完成し打ち合わせをしたら、各担当のスタッフにイメージを伝達して、監督を含め、各セクションの絵が上がってくるまで、なかなか全体像が見えない。しかも、各セクションの担当者からすると、自分の手を離れた段階で仕事は終了、という構造になっていました。
その結果、CMの仕事をアニメ制作会社で請ける話があった時には、ほぼ最後にクライアントさんともめてきました。その理由は先にのべたアニメ制作の構造にあるため、非常に後ろ向きな理由で物別れに終わってきたのです。

AA
それは相手方が思ったものが出来ないということでしょうか?

神山 
納得度の低い状態での納品、ということではないでしょうか。僕はせっかく面白い仕事をもらっているのに、それがもったいないなと常々思っていたんです。
アニメ業界の長年の慣例で、“高額なギャラをもらえない代わりに自分たちの好きにやる”といった志向があります。確かにアニメーターはみんな個人作家だから、オーダー通りの仕事をすることはとても難しいことは分かります。でも、そのことをクライアントに伝えたうえで、アニメーターにも最低限何が残っていればクリエイターとしてのアイデンティティーを獲得しながらオーダーに応えることができるのかを理解してもらう。そういった翻訳家が現場にいれば、もう少し何とかなるという思いがあった時に、古田さんから声を掛けていただきました。

AA
その時はどんな話をされたのですか?

神山
古田さんと初めてお会いした時に、「あなたがやっていることは同じアニメーションだけれども、広告の要素を意識したうえで作品を作っているように見える。もっと何か広がりを持たせることが出来るんじゃないか」と言って頂きました。
僕も「いつもテーブルをひっくり返して終わっていて、二度とその人の顔を見ないみたいな仕事はもったいないという思いがあるんですよ」という話をしました。であるならば一緒にやることに意味があるんじゃないかなということです。

AA
これは素晴らしい話なのですが、今回はそのおふたりが共同CEOとなられます。すると、「責任の一方のすべては神山健治監督、あなたですよ」ということです。それはリスクになりませんか?

神山 
僕はむしろ、その責任を負わないことに疑問を感じています。もともと作品には責任があるんだから、自分の責任において仕事ができた方がいいなということです。
リスクは当然出てくるとは思うけれども、それを回避しては次につながらない。毎回毎回焼き畑農業では先がないというのが僕の考えです。
一緒に会社をやろうといった時に、別に出資をしないで、名前を連ね、今まで通りフリーでやってもよかったのですが、そこは一緒に責任を持ちましょうと。別に権力が欲しいとか、そういうことではありません。出資もしたうえで、本当の意味での責任も同時に持った方がいいだろうという覚悟でもあります。

AA
あともうひとつ、なかには神山監督が経営側に回ったと感じるかたも出来て来ませんか?それは別のリスクだと思います。

神山
アニメ業界はご存じのように、高額なギャランティーを得ることがなかなか難しい業界です。その反動なのかお金の話にはセンシティブなので、当然いろいろ風当たりが来るだろうなということは3人で話しました。そのうえでどう発表するべきかも話し合いました。
クリエイターが出資者になるということは、たぶん驚きと嫉妬と戸惑いを生むだろうと。そのパーセンテージってたぶん嫉妬が一番多いだろうと思っていたのだけど、意外とそれは違いました。好意的な反応をたくさん頂き、感謝しています。

古田
非常に好意的でしたね。

神山 
そうですね。「偉そうだな」とか、「投資家になったのか」とか、「アニメは作らないのか」とかは本当に数えるぐらい。ほかはほぼ好意的、もしくはまだ分からないから黙って静観しようぐらいですよね。

古田 
僕はあるアニメファンから神山監督が経営をやる、CEOになることは、彼の作品の延長線上であると聞きました。彼の作品からいうと当然の帰結であるという評価は、的を射ている感じがしました。

石井
神山健治監督作品が描き続けてきたテーマと、コミュニケーションビジネスや時代が合致しているという反応も多く頂きました。
個人と全体の問題、ネットワークやエレクトロニクスの未来、自動車やファッションに対するこだわり等、『攻殻機動隊S.A.C.』『東のエデン』をご覧になって下さっていたお客様は、アニメーションとコミュニケーションビジネスの融合は、既に作品の中で行われていた、と感じてくださった方が多かったように感じます。

■ アニメ業界に違う突破口が出来るかもしれない

AA
みなさんがアニメ業界は行き詰まっていると感じる中で、何か変わる必要があるという思いがあり、変化することには肯定的なのかという気がします。

神山 
僕もアニメ業界って保守的だと思っていたのですが、やはりみんなどこかで何か違うことが起きそうだなと思ってくれているのかなと思います。

AA
実際に違うことは起きそうですか?

神山
違う突破口が出来るかもしれないと見てくれている印象はあります。それだけに僕がしっかりやらないと、「お前が先に乗り込んでいって、食い散らかしてこの道もつぶしたな」と言われかねないですね。

AA
これまでにも、そうした可能性はあったということですか?

神山
いままでもそうした例は一杯あったと思うんです。例えばOVAが登場した時、アニメーション作家の時代が来るかもしれないと若いスタッフは期待したと思うんです。けれど、根底にあるアニメを作ってプロダクションは制作費をもらい会社を運営する。だけれど権利がないから自転車操業になって一番働いている人たちはずっと貧乏というビジネスモデルは変わりませんでした。
近年でいうと、デジタル化が進んだ時にアニメ業界は大きく変わるかもしれなと期待感があったんですね。個人作家が登場したりしましたから。そして、インフラがまるごと変わるから、ビジネスモデルも変わるかと思いきや、インフラがデジタル化しただけだった。
結局、お金がある程度ないと先行投資すら出来ない。制作するために一人の人間がどこまで時間を割けるかは決まっていたわけだから、大きな変革はやっぱりなかったんです。
自分たちの業界は変わらない。アニメの制作インフラが変わったところで、我々のライフスタイルは変わらないと、諦めが多分どこかあったんです。

AA
今回はインフラでなく、クリエイターが自ら投資するといいうかたちですが?

神山 
クリエイターが投資をしていくことがどうなるか、僕には本当は分からないです。先ほど古田さんも言ったように、ビジネスモデルはないんです。僕らより前には誰もいない道を歩き始めたので、どうなるか分からない。けれども可能性としては今までのアプローチと全く違うと思います。

石井
アニメーションの制作スタッフに、より良い環境で仕事をして頂きたいという思いも、STEVE N’ STEVENを設立した大きなきっかけです。アニメーション制作には膨大な予算とスタッフが必要となりますが、各々が各々のパートを担当する分業体制が確立している一方、前工程のスタッフから仕事が終了し、作品の制作中に、次の作品の制作に入らなければならないという構造的課題を抱えています。多くのスタジオは、劇場作品とTVシリーズを組み合わせてスタッフを配置するのですが、作品数が増える事で現場が疲弊し、結果クオリティーにも影響するという矛盾をはらみます。合間にCMの仕事を受注しても、実写中心の広告業界のスピードにはなじまない。しかし、STEVE N’ STEVENが企業と共に、数ヶ月先を見越して本編制作とCM制作等を組み合わせて仕事を創出する事で、より安定的にスタッフに仕事を供給出来るのではないか、と考えました。
本編制作の合間に、まったく関連性のない作品やCMを制作するよりも、大きな連続線上にある作品やCMや広告を作ったほうが、お客さんにとってもより、ワクワクするストーリーを送り出すことができます。

後編に続く