文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-第5回「アメリカmanga市場における固有の文脈」

アメリカにおけるshoujo manga(少女マンガ)

『劇画漂流』は、アメリカに存在した「オルタナティブ・コミックス」という、一見日本のmangaとは関連の無いようにも見えるコミックスのジャンルの文脈をプロモーションに活用した例だが、日本のmangaをアメリカで売る時、一般的にはアメリカのmanga市場の文脈にそって売ることになる。その文脈は日本のマンガ市場のそれとはかなり違うのだが、その違いはいくつかの例外を除いてなかなか簡単には見えてこない。

そこで、日本のmangaがコミックスのひとつのジャンルとして、日本とは違う、アメリカで固有の文脈を持っていることを「少女マンガ」を例に簡単に説明してみたい。

アメリカで2000年代に起こったmanga売上増加を語る際に、それまでアメリカではコミックスを読まなかった少女たちがmangaを読み始めたという「少女マンガ」人気の盛り上がりが同時に語られることが多いが、わたしはこの北米での「shoujo manga」の人気については、きちんと検証する必要がある、と考えている。

アメリカにおける「shoujo manga」については、また回をあらたにして詳しく書きたいと思うが、このジャンルの人気について検証が必要と考える理由のひとつには、アメリカで「shoujo manga」として売られている作品が、日本で言う「少女manga」と同じものなのか、という疑問があるからである。

もちろんこれを検証するには日本における「少女マンガ」の定義が問題となってくるが、ここでは日本で「少女マンガ雑誌」と考えられていない雑誌に掲載され、アメリカで「shoujo manga」とみなされた作品について、いくつか例を挙げてみよう。

21世紀に入ってアメリカでmanga人気が盛り上がり始めた頃、最も人気があった作品に『ラブひな』と『ちょびっツ』があるが、これらの作品はアメリカでは少女読者をmangaに引き入れたと言われている4。それぞれ『週刊少年マガジン』と『週間ヤングマガジン』に連載され、おそらく日本でこの2作品が「少女マンガ」と形容されることは無いと思うが、実際にアメリカでは当時「shoujo manga」として認識されていたという話はよく聞く。CLAMPは「shoujo manga」家グループと紹介されることも多いので、CLAMPの青年誌連載作品である『XXXHolic』も、アメリカでは「shoujo manga」と考えられている可能性も高い。

このようなアメリカでのジャンルの認識には、まず絵柄が関係あるらしく、かわいらしい少女の絵が表紙になっている作品は「shoujo manga」と見られる場合が多くあったようだ。例えば『アフタヌーン』連載の藤島康介『ああっ女神さまっ』は、アメリカでも90年代年初めから出版されている人気シリーズだが、かわいい女性登場人物が表紙に描かれていることが多いせいか、アメリカで「shoujo manga」人気が盛り上がった初期には「shoujo」とみなされることも多かったらしい。

その他、アメリカのmanga出版社TOKYOPOPから出版されている『キミキス』も同社から「shoujo manga」として宣伝されているが、本作品は同名の男性向け恋愛シュミレーションゲームを原作に持つ作品で、日本で「少女マンガ」作品と紹介されることはあまりないだろう。ちなみに『キミキス』にはいくつかマンガ版が存在し、TOKYOPOPから出版されたのは『ヤングアニマル』に連載された東雲太郎によるものである。

逆の例では、昨年出版された萩尾望都による短編集『A Drunken Dream and other stories(酔夢と他のものがたり)』がある。萩尾はアメリカで「shoujo mangaのパイオニア」のひとりと紹介されることが多いが、90年代の数点を除いて5長らく翻訳版が出ず、作品の出版が待望されてきた。しかし実際に『A Drunken Dream and other stories』が発売されると、アメリカでは「shoujo manga」としては受容されず、「オルタナティブ・コミック」として評価され、認識されたようだ。

その理由には、現在の北米における「shoujo manga」のイメージというものが、萩尾望都の作品とかなり違うことが大きな理由のひとつと推測することができる。この萩尾の短編集は1977年から2007年の30年間に渡る作品が収録されており、確かに古いと感じられる作品もある。そしてアメリカの「shoujo manga」読者の年齢層はかなり低く、アメリカで「shoujo manga」と考えられ、ファンに好まれて消費されている作品には、絵柄、内容、などについて特定の傾向があり、その傾向に萩尾の作品が当てはまらないのが原因と考えられるのだ。

日本でも女性読者が「少年マンガ」を読み、男性読者が「少女マンガ」を読むことは珍しくないし、性別によるジャンル分けの日米の違いをここでいちいち取り上げるのに、何の意味があるのかと思われる方もいるかもしれない。しかし、日本で言う「少女マンガ」とアメリカで言う「shoujo manga」は、同じものを指しているわけではなく、もしかしたらズレている、程度の認識はあったほうがいい。

日本と違って歴史が浅く、小売店も取次も、そして時には読者にさえもmangaに対して高いリテラシーや理解を持つことを期待できないアメリカのmanga市場では、ジャンルのような些細にも見える情報が、消費者の購買において重要な意味を持つこともあり得る。

2002年のmanga人気上昇で、北米では長い間コミックスを読まないと言われてきた少女たちが、mangaを読むようになり大きな注目を集め6、読者層として少女が増えたことは間違い無い。先に述べた「アメリカにおけるshoujo mangaのイメージ」に関する話はこれから、きちんと検証していく必要があるが、実際にそこで消費されている「shoujo manga」は、日本で考える「少女マンガ」には含まれない作品も入っていて、「shoujo manga」というジャンルのイメージ、消費形態、もちろん作品も日本の「少女マンガ」とはズレがあり、アメリカには日本とは別の「shoujo manga」の文脈が生まれている、とみておくべきだ。

そう考えると、アメリカでの「shoujo manga」人気の立役者とも言えるTOKYOPOPはそのアメリカにおける「shoujo manga」の文脈を熟知した上で、敢えて『キミキス』を「shoujo manga」として売り出したと見ることもできる。つまり『キミキス』は現地の「shoujo manga」の文脈に沿ってプロモーションされたということだ。
もちろん、そのようなプロモーションが必ずしも成功するとは限らず、もしかしたらmangaを熱烈に愛し、インターネットで情報を常時収集しているような読者をターゲットとするような作品では、日本での文化的文脈を持ち込んだほうが、成功するかもしれない。ただ、いずれにせよ、現地での状況を知った上で判断することが必要となる。
日本からアメリカのmanga市場を見る時、市場を構成する作品の多くが日本産の作品であり、ベストセラーリストには日本と同じような作品がランクインしているのを見れば、その市場を日本のマンガ市場と切り離したものとして見るのは難しいかもしれない。しかし多くのmangaファンがインターネットでほとんど時差無く日本からの情報を取得できる現代にあっても、北米のmanga市場は日本とはかなり違うと考えていたほうが安全であり、そこには既にもう固有のmangaの歴史や文化が生まれていることを忘れてはならない。

4 「…「ラブひな」や「ちょびっツ」といった人気作品を提供することで、トウキョウポップは、少年マンガ市場を押さえていたビズが開拓していなかった少女マンガ市場をねらったのである。」松井剛 『ビズメディア 北米マンガ市場の開拓者』 134p. 『一橋ビジネスレビュー 検証COOL JAPAN』2010年12月
5 北米で出版された萩尾の作品は、『A Drunken Dream』(2010年)以前では、『11人いる!』(1995年)、『Four Shojo Stories』(同名のアンソロジーに『11人いる!が再録。1996年)』、『A-A’』(1997年)の3点だけである。
6 北米での少女の読者層の増加についての記事は例えば、
”Manga for Girls”, Sarah Glazer、September 18th, 2005, New York Times
http://www.nytimes.com/2005/09/18/books/review/18glazer.html?_r=1