文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情- 第3回「2010年 北米マンガ業界10大ニュース」

4.北米最大手manga出版社VIZ Mediaが社員40%を解雇

集英社・小学館・小学館集英社プロダクションの子会社で、業界大手であるVIZ Mediaが5月、社員の40%にあたる60名を解雇しニューヨーク支社を閉鎖すると発表した(3)。2008年からmangaの売上が下がり始め、同様にVIZ Mediaのトップタイトルである『NARUTO』の売上に近年陰りが見え始めたと言っても、業界を牽引してきたとも言える同社による大量の社員解雇は、多くの読者の動揺をひき起こした。

VIZ Mediaは解雇の発表に続いて、これからの出版予定に変更が無いこと、つまりライセンス取得を発表した作品の出版取消などが無いことをすぐに発表しファンを安堵させたが、その一方で業界最大手出版社による社員の40%解雇は、manga業界の陥っている苦境をあらためて知らしめる結果となった。

5.日米出版社によるmangaデジタル販売への動きが加速

これまでもいくつかの出版社によって細々と行われていたが、2010年になって日米出版社が英語でのmangaデジタル販売へと本格的に動き始めた。大手では12月に日本のスクウェア・エニックスが専門サイトを立ち上げ、自社作品の英語版デジタル販売を開始した。現在までのところ紙版を出す現地のローカライザーを通さずに直接海外向けのデジタル販売専門サイトを開始したのは、日本の出版社ではスクウェア・エニックスだけである。

スクウェア・エニックスの作品を主に出版していたYen Pressは、2010年7月号をもってそれまで出していた紙のmanga雑誌『Yen Plus』を電子版に移行した。(ただし電子版にはスクウェア・エニックスの作品は掲載されていない。)

11月にVIZ Mediaが、iPad向けのアプリで『少年ジャンプ』の一部の作品の販売を始めた。同じく11月には、秋葉原で行われた「電子書籍・コミックサミット」で集英社の鳥嶋和彦専務が国内37社協力のもと北米向けマンガのポータルサイト設立を発表しており(4)、年内にβ版が始動するとの予告は果たされていないものの、ファンの期待度は高い。

その他米manga出版社では、例えばTokoyopopが2010年北米でのヒット作『ヘタリア』を複数のデジタル販売サイトで売り出しており、Dark Horseは自社でデジタル販売サイトを今年1月に立ち上げることを発表し、その最初のラインアップには『子連れ狼』も入っている。

日本において2010年は「電子書籍元年」と言われ、アメリカからは電子書籍について数々の華々しい話題が入ってきた。しかし日本産mangaだけに目を向けると実際には2010年になっても英語での本格的なデジタル販売はまだ始まったばかりで、話題の大きさほど状況が進展したわけではない。

アメリカ産のコミックス業界でも2010年、デジタル販売サイトは数々誕生していて確かに多くの作品がデジタルで読めるようになった。しかし出版社や作品によって販売価格が様々なら、紙版とデジタル版の出版時期も様々であり、まだまだ各社が試行錯誤を重ねながら最良の方法を模索している段階にあることがうかがえる。

紙の本と比べてデジタル販売の売上は公になっている数字が極端に少ないため、はっきりとした市場規模が掴み難いが、ICv2の予想によると、デジタルコミックスの市場規模(この場合北米に限定されない英語圏)は、2009年で50万ドルから100万ドル、2010年では600万ドルから800万ドルに増加した(5)。仮に800万ドルだとしても、北米のコミックスとmangaを合わせた紙の市場全体のまだ1%ほどである。

6.manga出版社DMPによるローカライズの新システム「デジタル・マンガ・ギルド」

manga出版社Digital Manga Publishing(DMP)が10月に正式に発表した新しい取り組みはデジタル販売のような販売形態に留まらず、日本からmangaを輸入する際のライセンス取引や作品の現地化(ローカライズ)のやり方そのものを変えようとする試みだ。

社名からもわかるように、この会社はかなり早くからデジタル出版に取り組んできた。1996年に設立され、新書館のマンガや「マンガの描き方」本の他に「801 Media」というレーベル名のもとBL作品も出版している。

DMPの「Digital Manga Guild(デジタル・マンガ・ギルド)」と呼ばれる新しい試みは、簡単に説明するとファンが出版社に代わってローカライズ作業を行うというもの(6)。その過程を以下に簡単に説明する。

1 mangaのローカライズ作業(翻訳・編集・レタリングなど)を希望する人が、DMPのサイトからそれぞれの作業別に「ギルド」登録を行う。(個人として登録することも、チームとして登録することもできる。)

2 DMP は登録者の能力を見るためテストを行い、どの登録者がどの作品の作業をするか選定する。

3 「ギルド」登録者によって作られた翻訳版はDMPのサイトemanga.comでデジタル(レンタルまたはダウンロード)販売、もしくは紙版で販売される。その際作業を行った「ギルド」登録者の名前がクレジットされる。

4 得た利益は、日本の権利者、DMP、そして制作に関わった「ギルド」登録者の3者で分配する。

DMPによると、今回の「ギルド」システムにおいて日本のマンガ出版社6社と契約しており(6社の名前は公表されていない)、出版できる作品数は5000タイトルを超え、2011年に500から1000作品出版することを目標としている。

DMPの言うこのシステムの良いところは、出版の前の支払われるライセンス料や翻訳料を前払いしなくて済む点と、ローカライズにかかる時間を短縮できる点にある。DMPは直接言及していないが、この「ギルド」システムでは売上に応じてライセンス料を支払うため、ライセンス料の負担軽減も期待できる。

(”前払い”と言うのは、ライセンシーが実際の本の出版前にライセンサーにライセンス料を支払い、翻訳者に翻訳料を払うことなどを指していると思われる。)

素人である可能性も高い有志(この場合「ギルド」登録者)を、出版社が編集やレタリングにまで関わらせるのは恐らく初めてだと思われるが、翻訳に限って言うと同様の試みは過去いくつも行われてきた。

「Manga novel」(2007年から2009年)では、権利者の許可を取ったマンガの翻訳でボランティアを募集しマンガ配信を行っていたし、マンガ家の佐藤秀峰が『ブラックジャックによろしく』で同じように英語翻訳のボランティア募集を行ったのも記憶に新しい。実際にアニメで言うと、ライセンシーであるローカライザーがファンサブ(権利者に許可無く字幕を付けて配信されているアニメ)グループに直接接触し、翻訳者としての名前をクレジットする引き換えにファンサブ制作者の字幕を使用した事例もある。

10月に「デジタル・マンガ・ギルド」を発表しておよそ2ヶ月で登録人数は800人を超えたらしい。「ギルド」にはグループでの登録もできるようになっていて、DMPは明らかにスキャンレーションをしているグループの参加も念頭においているはずだ。「ギルド」システム構築の理由に、DMPははっきりと現在のライセンス取引の慣習に対する不満を挙げていて、現行のシステムを変えることも「ギルド」の目的のひとつだと明言しているところが興味深い。

このシステムのもとでは「ギルド」に登録しても、自分の好きな作品に関われるかどうかが不明なため、その点で「ギルド」登録へのモチベーションがどの程度維持されるか疑問であるなど、いくつか問題点もあるように思われるが、いずれにせよ新しい試みであることは間違いなく、今後も注目していきたい。

3 Publishers Weekly “Viz Media Lays Off 60” May 11, 2010
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/book-news/comics/article/43145-viz-media-lays-off-60.html

4 アニメ!アニメ!「国内37社が北米向けマンガポータルサイト設立 年内β版目指す」2010年11月1日 
http://www.animeanime.biz/all/2010111201/

5 Comic Book Resource “Icv2’s Digital Conference in Depth” October 9, 2010
http://www.comicbookresources.com/?page=article&id=28784

6 Publishers Weekly “DMP Launches the Digital Manga Guild” December 7, 2010
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/digital/content-and-e-books/article/45433-dmp-launches-the-digital-manga-guild.html
About.com “Interview: Hikaru Sasahara of Digital Manga Publishing” October 2010
http://manga.about.com/od/mangaeditorsinterviews/a/Interview-Hikaru-Sasahara-Of-Digital-Manga-Publishing.htm

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