文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情- 第3回「2010年 北米マンガ業界10大ニュース」

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-
第3回「2010年 北米マンガ業界10大ニュース」

椎名 ゆかり
アニメ、マンガ関連の翻訳者で、海外マンガを紹介する様々な仕事を行っている。アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業を開始した。
主なクライアントは講談社『モーニング』で連載を持つフェリーぺ・スミス。翻訳書はアメリカのマンガ『メガトーキョー』他。
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/


今回は2011年の第1回ということで「アニメ!アニメ!」さんの「2010年 アニメビジネス10大ニュース」に倣い、「2010年北米manga界10大ニュース」を取り上げようと思う。かなりニッチな市場である「北米のmanga」の10大ニュースに関心を寄せる人がどれほどいるかはわからないが、「2010年北米manga業界10 大ニュース」などという超極所的記事が日本語で読めるのは「アニメ!アニメ!」さんのこの記事だけという希少性に免じてお許しいただき、それぞれの項目を少し詳しく説明してみたい。

 1. manga売上3年連続の大幅減少
 2. スキャンレーション対策で日米マンガ出版社共同声明発表
 3. 出版社4社がマンガ事業から撤退、1社が参入
 4. 北米最大手manga出版社VIZ Mediaが社員40%を解雇
 5. 日米出版社によるmangaデジタル販売への動きが加速
 6. manga出版社DMPによるローカライズの新システム「デジタル・マンガ・ギルド」
 7. 『トワイライト』manga大ヒット
 8. オルタナティブ系mangaに注目が集まる
 9. 非日本産オリジナルmanga出版が一部を除いてほぼ消滅
 10. 大手スキャンレーション・サイト運営停止&拡散

次点 大手書店チェーンBordersの経済的苦境

1.manga売上3年連続の大幅減少

この記事を書いた時点(2011年1月13 日)で、まだ2010年全体のデータは出ていないが、業界向けニュースサイトICv2が昨年10月に行ったシンポジウムでの発表によると、2010年北米でのmanga売上は前年比で少なくとも20%は減少した。

実際に2010年上半期でmanga売上が前年比20%低下しているのに加えて、日本のmanga売上のかなりの部分を支える一般書店の業績自体が激しく落ち込んでおり、一般書店における2010年10月までのmangaを含むコミックス全体の単行本の売上は、およそ30%は低下しているようだ。そのため年間を通じたmanga売上の減少幅が20%を下回るとは考え難く、ICv2は2010年北米mangaの市場規模は3年前(2007年)のピーク時のほぼ半分になった、と予想する(1)

もしICv2の予想が正しいとなると、北米manga市場は現在1億5百万ドルから1億1千万ドル強となる。この数字だけを見るとmanga「ブーム」が始まったと言われた2002年の売上の1.8倍弱ほどの額を維持していることになるが、mangaという言葉が消費者に対して訴求力を持っていた当時と、manga離れが進む現在の状況は著しく異なっていると言わざるを得ない。

2.スキャンレーション対策で日米マンガ出版社共同声明発表

著作権者の許可無くネット上にアップロードされている翻訳manga「スキャンレーション」が氾濫している状況を憂慮し、2010年6月、日米マンガ出版社が連携してその対策に取り組むとの声明を発表した(2)。日本のデジタル協議会所属の出版社が中心となり日米で40社以上が参加し、法的措置を含めた対応を検討、30以上のスキャンレーション・サイトに順次対応していく、としている。

かつて日米でそれぞれの会社が個々のサイトや個々の作品に対して「配信停止要請」を行った例はあっても、複数の出版社がライセンシーとライセンサーの繋がりを超えて連携し、このような要請を行ったのは恐らく今回が初めてである。これはスキャンレーションがmanga出版ビジネスに与えるネガティブな影響に対する危機感が、業界内で共有されてきた証だろう。

過去数年間に渡って爆発的に増えてきたスキャンレーション・サイトと、過去3年に渡るmanga売上の劇的低下との因果関係を証明することは不可能だが、特に北米のmanga出版社からは、スキャンレーションがmanga売上低下に直接影響があり、無料で誰でも読めるスキャンレーション・サイトが氾濫している限り、manga電子出版の成功はない、という考えが表明されることも多かった。

今回の連携も大手出版社Hachet USAのmangaレーベルYen Pressから提案されたものだと言われている。当時Yen Pressは自社のmanga雑誌『Yen Plus』を紙媒体から電子に移行する計画を発表しており、『Yen Plus』電子版立ち上げの前にスキャンレーション・サイトを何とかしたいとする思惑があったに違いない。

この共同声明以降現在まで、日米出版社からスキャンレーション・サイトに対して何らかの法的措置が取られたという情報は出ていないが、いくつかの大手スキャンレーション・サイトがこの声明後に配信停止を発表したことで提携の成果を評価する声もある一方、実際にはスキャンレーションのサイトは今でも多数存在していることから、効果を疑問視する声や更なる動きを求める声もある。

(スキャンレーションについては、10位の項目で再び触れる。)

3.出版社4社がマンガ事業から撤退、1社が参入

まず4月にmanga出版社Aurora Publishingが会社を閉鎖、5月にはGo!Comiの事実上の営業停止が発覚した。ほぼ同じ頃アメリカのコミックス業界大手DC ComicsのmangaレーベルCMXがレーベルの廃止を決定。10月にはアメリカ大手出版社ランダムハウスのmangaレーベルDel Reyが事業からの撤退を表明し、それと同時に講談社の子会社Kodansha USAが実質的な出版開始の発表を行った。

Aurora Publishingは日本の宙出版が2006年に設立した北米子会社であり、主にハーレクインなどを含む女性向けmangaの出版を行っていた。日本の出版社が単独でmanga出版のためにアメリカで現地法人を設立した初めてのケースであり、少女manga人気が伝えられる中、女性manga出版という新分野開拓に乗り出したが、2009年の出版を最後に2010年4月会社は解散した。

Go!Comiは2005年から出版を開始し、『放課後保健室』『天使じゃない!!』など秋田書店の作品を中心として2009年の10月までに30弱の作品を出版していた。2010年5月、ファンが会社の公式HPとtwitterアカウントの消失に気づいたことで事実上の事業停止が発覚した。(事業停止に関する会社からの公式発表は2011年1月13日時点で出ていない。)

CMXは大手コミックス出版社DC Comicsの子会社Wildstormのmangaレーベルで、2004年にmanga出版を開始。当時スーパーヒーローのコミックスで知られるDCまでmanga出版に乗り出したと話題になった。ただしCMXと言えばmangaファンの間で今でも記憶されているのが、アメリカでは『Ten Ten』として知られる『天上天下』編集問題である。2005年北米で出版された『天上天下』は熱烈なファンを多く抱え出版を待望されていた作品だったが、英語版にかなりの編集が加えられていたため(編集は作者の了承のもとに行われていたようだが)ファンの怒りを買い、不買運動にまで発展した。実際その後アメリカ産manga『メガトーキョー』を除き、CMXからヒット作が出ることはなかった。

若者向け小説と同時にmangaを出版していたレーベルDel Reyは、2003年の講談社とランダムハウスとの資本提携を受けて2004年から主に講談社の作品を出していた。タイトル数にして90以上、合計で500冊以上出版してきていたが、2010年両社の提携解消に伴い、manga事業から退くことを決めた。

Del Reyは実質7年間の出版活動の間に90作品以上出版したが、他の北米大手manga出版社と比べて出版点数はどちらかと言えば少なく「良質なmangaを選んで出版するレーベル」とのイメージ作りに成功し、その上『魔法先生ネギま!』『ツバサ』などのヒット作にも恵まれていたため、manga事業からの撤退は一部では驚きをもって迎えられた。

これまでDel Reyが出していた作品の出版を引き継ぐ形でアメリカのmanga業界に参入を発表したのが、講談社の子会社Kodansha USAだ。既にその設立は2008年に発表されていたが『AKIRA』『攻殻機動隊』をひっそりと出した以外大きな動きが見られなかった。しかし2010年10月の発表で、Del Reyが出していた作品の一部に加えて新たに『攻殻機動隊SAC』などの講談社作品の出版を、今年の夏から本格的に開始することが明らかになった。北米のmanga業界への新会社参入は2007年のYen Press以来となる。

ランダムハウスと講談社の提携は解消されたが、Kodansha USAの販売と取次はランダムハウスが担当し、Del Reyのmanga担当ディレクターがそのまま仕事を引き継ぐ。個人的に興味深いのは、今回Del ReyからKodansha USAへと作品の引継ぎがあったにも関わらず、CLAMPの作品だけはそのままDel Reyが出し続けるところ。CLAMPは業界でも数少ないエージェントを擁する人気マンガ家集団であり、他の講談社作品と別の動きがあるのはそのためだろう。

1 Comic Book Resource “Icv2’s Digital Conference in Depth” October 9, 2010
http://www.comicbookresources.com/?page=article&id=28784

2 デジタルコミック協議会「マンガ違法サイト摘発のため日米出版社が連携」
http://www.digital-comic.jp/img_top/pdf/20100625press.pdf
Publishers Weekly “Japanese, U.S. Manga Publishers Unite To Fight Scanlations” Jun 08, 2010
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/digital/copyright/article/43437-japanese-u-s-manga-publishers-unite-to-fight-scanlations.htm

2ページに続く