文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-第2回「北米でmangaは何を指しているのか」

そして現在わたしたちは、アメリカにおける様々な場所でmangaがジャンルとして認識されている様子を見ることができる。例えば、大手書店チェーンに行けば、mangaの並んだ棚が独立して存在するのを見ることができるし、『ニューヨーク・タイムス』のベストセラーリストの「グラフィック・ブックス(GRAPHIC BOOKS)」のセクションには「ハードカバー」「ペーパーバック」と並んで「Manga」というカテゴリーが存在する。

しかし、これらを見てわかるのは、やはりジャンルとして境界の曖昧さであり、分類する際の恣意性だ。

アメリカで『涼宮ハルヒの憂鬱』『黒執事』などのスクウェア・エニックス社の作品を主に出すエン・プレス(Yen Press 大手出版社ハシェットUSAのマンガレーベル)から出た2作品『マキシマム・ライド(Maximum Ride)』と『トワイライト』を例に挙げてみよう。両作ともアメリカの既存の小説を原作に持つ作品で、絵を担当したのはそれぞれ別の韓国人アーティストである。

『マキシマム・ライド』の原作はアメリカの人気作家ジェームス・パターソンによる若者向けの同名ファンタジー小説。一方『トワイライト』の原作は日本でも出版され、映画も上映された同名のヴァンパイアを扱った小説であり、実際この作品自体も日本ではフレックスコミックスから販売されている。

両作品ともに絵柄はかなり日本産マンガに近いこともあって、manga読者の集まるネット上の掲示板やレビューサイトなどではどちらもOEL mangaとして扱われることもあるが、出版元のエン・プレスは『マキシマム・ライド』をmangaと呼ぶことはあっても、『トワイライト』についてはmangaとは言わずグラフィック・ノベル(graphic novel)と呼んでいる。少し脱線して「グラフィック・ノベル」の意味をかなり乱暴に簡潔に説明すると、グラフィック・ノベルとは「単行本」を意味する言葉として本の形態を指すこともあるが、「文学的でシリアスな内容を持つコミックス」を示唆することもあり、特に近年よく使われようになった言葉だ。

mangaを出しているエン・プレスがmanga的な絵柄の『トワイライト』をなぜmangaと呼ばないか、推測してみることはできる。エン・プレス版『トワイライト』はmangaの出版形態としては珍しいハードカバーで出版され、装丁も他の『トワイライト』作品のパッケージを意識したメディア・ミックス色の強い作品となっている。エン・プレスはmangaという言葉を使わないことで通常のmanga読者の外にいる『トワイライト』の原作ファンへの訴求力を高めたかったのかもしれない。

その他の例では、アメリカの独立系出版社Oni Pressの『スコット・ピルグリム vs ザ・ワールド』(この作品も最近日本でヴィレッジブックスから出版された)は、そのmanga的絵柄とmangaの単行本サイズの判型のせいか、ディストリビューターの発行するコミックス専門店用カタログ『Previews』のベストセラーリストで「GRAPHIC NOVEL」と「MANGA」の両方に登場している(8)

これまでの例は非日本産作品だったが、それが日本産のmangaでも同じことが起こる。例えばヴァーティカル(Vertical)社の出す手塚治虫の作品は同社からはmangaではなくグラフィック・ノベルとして売り出され、カナダのドローン&クオータリー(Drawn & Quarterly)社から出版され、アメリカで今年コミックスの賞「アイズナー賞(Eisner Award)」で2冠を達成した辰巳ヨシヒロの『劇画漂流』はmangaと呼ばれることよりも、グラフィック・ノベルと呼ばれることのほうが多い。

このようにmangaというジャンルの基準はあいまいで、その分類は恣意的に判断されている。そしてmangaという言葉はそのように使うことが可能だからこそ、2002年のmanga人気の上昇以降、出版社は自社の作品をmangaだと強調する場合も多かった反面、現在はむしろ作品によっては文学的でシリアスな内容を暗示するグラフィック・ノベルという言葉が選択されて使われる、ということも起こりうるのである。

ここまで北米においてmangaが指しているものについて解説をしてきたが、繰り返して言うと、日本の中でも人によってマンガ観が異なっているように、アメリカで誰もが同じmanga観を持っているわけではない。そして最近の研究で明らかになっているように(9)、日本でもマンガの意味するものは時代によって変化しており、アメリカでも同様にmangaという言葉の意味や使われ方が時代と共に変わったからと言って、それが特殊だと言うつもりもない。

強調したいのは、元々は日本の言葉であるmangaという言葉がアメリカで通用したとしても、その意味が異なっていることからわかるように、アメリカにおけるmangaは日本とは別の文脈や歴史性を持ち、自立した市場を形成しているという点であり、日本での認識をそのままアメリカでの状況に当てはめて考える危険性である。
例えば上に書いたように、作品によっては文学的な内容を強調するためにmangaという言葉を避けて、グラフィック・ノベルという言葉を使う出版社がある。それは即ち、北米におけるmangaというジャンルから連想されるイメージが文学的でシリアスな内容にそぐわないという認識、もしくはイメージがあることが前提だ。そしてmangaに対するそのようなイメージは、日本でのマンガ全体に対する認識を単純に北米のmanga状況に当てはめるだけでは、決して見えてこないことなのだ。



8 例えば“Best Sellers” 『Previews』 October 2010 #265 など。
9 小田切博 同上 63-66ページ。