藤津亮太のテレビとアニメの時代 第8回アニメブームの始まり

 75年と77年の大きな違いはいくつかあるが、本数の増加についてはTBSと東京12チャンネルでの放送本数増加の影響が大きい。ただし二つの局で、放送本数が増えた理由は対照的だ。 TBSは『まんが日本昔ばなし』のヒットを受けて、同傾向の企画をずらりとプライムタイムに並べた(キー局はTBSのもの毎日放送のものと両方ある)。この企画は後の’78年の『まんがはじめて物語』にも通じるところのあるカラーで、TBS・MBS系列独特のものだ。これらは視聴率が高い番組もあったが、番組企画として主流になることはなかった独自路線である。
 一方東京12チャンネルの企画は、後発局らしいともいえる、典型的なトレンドの後追いだ。
 追いかけているトレンドは二つ。

 一つはスーパーカーブーム。’70年代半ばから、イタリア製高級スポーツカーを中心とする、いわゆる「スーパーカー」が小学生たちに大人気となった。それを受けて。’76年に『マシンハヤブサ』(NET)が放送され、’77年には4本のスーパーカーが登場するレーシングアニメが登場した。東京12チャンネルではそのうちの2本『超スーパーカー・ガッタイガー』『とびだせマシーン飛竜』を放送した。
 もう一つはロボットアニメというトレンドだ。後述する通り’75年以降、NETがロボットアニメに力を入れるようになり、東京12チャンネルもその流れを受けて、『合身戦隊メカンダーロボ』を放送している。

 ここでNETの4番組の放送枠の経緯を遡る形で振り返ってみたい。

■月曜19時枠 
『激走ルーベンカイザー』←『5年3組魔法組』(特撮)

■金曜18時枠
『無敵超人ザンボット3』←『恐竜探険隊ボーンフリー』(再放送)
※キー局・名古屋テレビの放送枠、土曜17時30分枠ももともと再放送枠

■土曜18時枠
『超電磁マシーンボルテスV』←『超電磁ロボコン・バトラーV』←『JFGAゴルフマッチ』(スポーツ)

■日曜18時枠
『超人戦隊バラタック』←『マグネロボ ガ・キーン』←『鋼鉄ジーグ』←『あなたをスターに!』(オーディション番組)

  このようにNETのメカものアニメは、’75年以降に新たに設けられた放送枠で放送されている。また中でもロボットアニメの3作品は、単に新しい放送枠というだけではない特徴を持っていた。
 なにが新しい特徴か。それはフジテレビで放送され、ロボットアニメというジャンルを方向付けた『マジンガーZ』(’72)、『ゲッターロボ』(’74)と比較するとわかりやすい。『マジンガーZ』『ゲッターロボ』とはビジネスモデルが異なっているのだ。
 もともと『マジンガーZ』は、永井豪とダイナミックプロが東映動画と手がけたメディアミックス企画であり、「ジャンボマシンダー」「超合金」といった玩具の企画は後から発売されたものだった。
 『ゲッターロボ』の時点では、玩具メーカーがスポンサーとして参加することは決まっていたが、デザインはあくまでダイナミックプロ側に委ねられていた。
 ロボットのデザイン(玩具のコンセプトといったほうが正確だが)の主導権が玩具メーカーに移るのは『勇者ライディーン』(’75)から。

 玩具メーカーが主導であるメリットは、作中に出てくる変型ギミック等が玩具でもかなり忠実に再現できる、ということにあった。
 つまり’75年の『勇者ライディーン』の時点で、ロボットアニメは一つのコペルニクス的展開を起こしたのだ。
 それは、アニメにあるロボットを玩具にするのではなく、玩具のロボットをメインにしたアニメを作るというものだ。NETで新たなロボットアニメ枠のスタート作となった『無敵超人ザンボット3』『超電磁ロボコン・バトラーV』『鋼鉄ジーグ』の3作はいずれも、こちらのビジネスモデルによる作品なのだ。
 『勇者ライディーン』でこのビジネスモデルにかかわったNETが、その後、そうしたロボットアニメを新たな放送枠で放送した、というのは決して無縁なことではないだろう。
 ’72年から’76年は、『宇宙戦艦ヤマト』を発火点とするアニメブームに至る前の、助走期だった。その助走期に、ロボットアニメのビジネスモデルがコペルニクス的転回もまた起きていたのだ。
 これにより「ロボットさえ活躍して(スポンサーが文句を言わなければ)なにをやってもいい」という逆説的な自由もまた獲得され、それはアニメブームのなかで積極的に活用されていくことになる。

 最後にもう一度、週あたりの放送本数の話題に戻っておこう。
 ’77年秋の放送本数の増大は、TBSや東京12チャンネルの放送本数が増えたことが大きく(合計で6本増)、NETとフジテレビはそれぞれ1本ずつしか増えていない。
 当然だが『宇宙戦艦ヤマト』のファンの熱気はこの時点では、TVアニメにはまったくフィードバックしていない。本数増大に大きく貢献しているのはむしろ『まんが日本昔ばなし』のヒットと、スーパーカーブームの影響のほうが大きい。
 つまりこの時点では、TVアニメの動向とアニメブームの温度はまだ揃っていないのである。そこの足並みが揃ってくるのは’78年以降のこととなる。