藤津亮太のテレビとアニメの時代 第8回アニメブームの始まり

藤津亮太のテレビとアニメの時代
第8回アニメブームの始まり 

藤津亮太 (ふじつ・りょうた)

[筆者の紹介]
1968年生まれ。アニメ評論家。編集者などを経て、2000年よりフリーに。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)。編著に『ガンダムの現場から』(キネマ旬報社)など。アニメ雑誌、そのほか各種媒体で執筆中。
ブログ:藤津亮太の 「只今徐行運転中」 http://blog.livedoor.jp/personap21/

 7月5日に都内で『アニメの門 場外乱闘編』と題する小さなトークイベントを行った。これは筆者が数ヶ月に1回のペースで開いているもので、第7回となる今回は「極私的アニメブーム論」というテーマ。ライターの小川びい氏と先輩ライターの某氏との3人で、’80年前後に盛り上がった「第1次アニメブーム」の始まりと終わりについて語り合った。
 トークでまず話題にしたのは「アニメブームの始まりをどこに設定するか」ということ。
いろいろ話をした結果、劇場版『宇宙戦艦ヤマト』の公開の’77年を「アニメブームの始まりの年」として認定するのが妥当ではないか、という一つの結論に達した。
 というのも、劇場版『ヤマト』の存在をきっかけにして、ファン同士が互いを認識し「こんなに仲間がいたんだ」という思いを強くしたことが、アニメブームを盛り上げる起爆剤になったというのがその理由である。
 今回は、そのアニメブームが到来した時に、TVアニメはどうだったか、ということに注目しようと思う。

 通常「第一次アニメブーム」というと『ヤマト』→『機動戦士ガンダム』→『超時空要塞マクロス』というラインで語られることが多い。だが、現実は決してこのように単線的に動いていたわけではない。実際には複数の層が重なり合いながら進行していたのである。
 リスト制作委員会によるTVアニメの放送本数の推移を見てみよう。
 いわゆる30分番組の本数は’75年秋に19本。これが’76年秋に24本になると。’77年秋には30本まで増える。リスト制作委員会は本数の変化を記したグラフの中で、’77年から「アニメブーム到来」と記している。
 では、アニメブームが到来したその時、どのようなTVアニメが放映されていたのか。’75年秋の放送作品と、’77年秋の放送作品を並べることで検討したい。

【’75年秋放送作品】 全19本

■日本テレビ
 元祖天才バカボン(月)
 ガンバの冒険(月)

■TBSテレビ
 草原の少女ローラ(火)
 クムクム(金)

■フジテレビ
 アラビアンナイトシンドバットの冒険(水)
 ゲッターロボG(木)
 ラ・セーヌの星(金)
 タイムボカン(土)
 てんとう虫の歌(日)
 サザエさん(日)
 UFOロボグレンダイザー(日)
 フランダースの犬(日)

■NET
 宇宙の騎士テッカマン(水)
 一休さん(水)
 アンデスの少年ペペロの冒険(月)
 みつばちマーヤの冒険(火)
 勇者ライディーン(金)
 はじめ人間ギャートルズ(土)
 鋼鉄ジーグ(日)