藤津亮太のテレビとアニメの時代 第14回 アニメブームの頂点は’83年

藤津亮太のテレビとアニメの時代 
第14回 アニメブームの頂点は’83年

 藤津亮太
1968年生まれ。アニメ評論家。編集者などを経て、2000年よりフリーに。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)。編著に『ガンダムの現場から』(キネマ旬報社)など。アニメ雑誌、そのほか各種媒体で執筆中。
ブログ:藤津亮太の 「只今徐行運転中」 http://blog.livedoor.jp/personap21/

 ’80年初頭のTVアニメはどのような状況にあったか。
 ’81年から’82年にかけてハイターゲット作品が倍増し、それによって「原作付き・プライムタイム」/「オリジナル・夕方」というある種の住み分けが明確になった。
前々回と前回まではそのことを具体的に番組表を見ながら確認した。
 今回はその後、どのように状況が推移していったかを見てみたいと思う。
 82年秋から84年秋までのアニメ番組の変遷を表にしてみた。

82年秋から84年秋までのアニメ番組の変遷
82年秋から84年秋までのアニメ番組の変遷
*上記画像クリックで表拡大

 ここから各期ごとの放送本数とハイターゲット作品の数、およびその比率を出してみた。

■1982年秋 
総本数:39本/ハイターゲット作品:15本
ハイターゲット率 38.5%

■1983年春
総本数:40本/ハイターゲット作品:17本
ハイターゲット率 42.5%

■1983年秋
総本数:44本/ハイターゲット作品:20本
ハイターゲット率 45.5%

■1984年春
総本数:39本/ハイターゲット作品:15本
ハイターゲット率 38.5%

■1984年秋
総本数:36本/ハイターゲット作品:15本
ハイターゲット率 41.6%

 この数字の変遷を見てもわかる通り、’82年に大幅に増えたハイターゲット作品は、83年秋にその数・比率がピークを迎え、’84年にはやや減少していることがわかる。
 ’84年秋に春よりもハイターゲット率がやや増えているが、これは総本数の減少が後押しとなっており、アニメの総本数が減少する流れの中で起きたことといえる。
 この後、’85年春にはまた放送本数が減り、第1次アニメブームが終わりを迎えることを考えると、第1次アニメブームの頂点(と同時に曲がり角)は’83年であったということができると思う。

 『アニメージュ』’84年9月号には、次のような記事が掲載されている。「テレビアニメ“激減”部分をさぐる!」・
 これは’84年7月の放送本数が33本と、’83年秋から10本も減少したことを追った記事である。放送本数のカウント方法が違うのとNHK作品を含んでいないので、数字に異動があるが、こちらも7本の減少となっている。
 記事はジャンルごとにその減少数を調べ、ラブコメ学園ものが10本から3本、ロボットアニメが12本から6本とともに大きく減っていることを、この減少の原因としてあげている。
 記事中では作品名が書かれていないが、具体的にあげると次の通りだ。
 なおアニメージュの分類は「ラブコメ・学園もの」「ロボットもの」「ギャグ・ホームコメディ」「スポーツ根性もの」「名作・教育もの」「その他」。
 この分類だと『魔法の天使クリィミーマミ』や『未来警察ウラシマン』がどこに分類されているかどうか不明なところがあるが、こちらで作成した表から’83年秋と’84年秋の該当作品を拾うと次のようになる。

■1983年秋
【ロボットアニメ】
銀河疾風サスライガー/光速電神アルベガス/サイコアーマーゴーバリアン/亜空大作戦スラングル/装甲騎兵ボトムズ/銀河漂流バイファム/聖戦士ダンバイン/機甲創世記モスピーダ/超時空世紀オーガス/プラレス三四郎

 以上の10本のうち後番組がロボットアニメでないものは6本(『銀河疾風サスライガー』『光速電神アルベガス』『サイコアーマーゴーバリアン』『装甲騎兵ボトムズ』『銀河漂流バイファム』『機甲創世記モスピーダ』)。

■1984年秋
【ロボットアニメ】
特捜騎兵ドルバック/超力ロボガラット/機甲界ガリアン/重戦機エルガイム/星銃士ビスマルク/ビデオ戦士レザリオン

 アニメージュの記事ではロボットアニメの不振の原因を玩具関係者の談話として次のように記している。

「要するにどのメーカーも『ガンダム』のあと、2匹目、3匹目のドジョウをねらっていたわけである。そこへ『マクロス』がでた。『そうか、やっぱりまだ売れるんだ』とばかりに、続々と新製品=新番組を投入したのが、去年(引用社注・’83年)のロボットものの乱立を呼んだわけですね」
「結局、こうして生まれた12本がのきなみ不調だったということですね。」

 ここでいう不調とは視聴率ではなく商品のセールスの不調である。記事では、セールスの不調の象徴として’84年5月のタカトクトイス(『超時空要塞マクロス』『超時空世紀オーガス』のスポンサー)の倒産を挙げている。
 事実、’84年秋のロボットアニメを見ても、ロボットアニメには逆風が続いている。今度は6作品のうち、2作品(『重戦機エルガイム』『星銃士ビスマルク』)をのぞいて後番組がロボットアニメではなくなっている。

■1983年秋
【ラブコメ・学園もの】
Theかぼちゃワイン/愛してナイト/うる星やつら/伊賀野カバ丸/みゆき/ななこSOS/さすがの猿飛

■1984年秋
うる星やつら

アニメージュの記事では、こちらの激減は、視聴率がとれなかったことが原因としている。後番組を見てみると、『Theかぼちゃワイン』の後番組が特別番組枠、『伊賀野カバ丸』の後番組が『ミッキーマウスとドナルドダック』、『みゆき』の後番組がバラエティ。
 全般にラブコメ=ハイターゲットから、広く視聴者を求められるファミリー向けにシフトしており、その全般的な傾向は、たとえば『さすがの猿飛』が『GU-GUガンモ』になり、『愛してナイト』の後の『夢戦士ウィングマン』が原作のマニアックな匂いとは逆にコメディタッチを強調した作りになったことからもうかがえる。

 ’82年にハイターゲット作品が増える中、「原作付き・プライムタイム」/「オリジナル・夕方」という構図が出現したことは冒頭でも改めて記した。
 ’83年の頂点を越えたところで起きたのはつまり、原作付き作品は視聴率の低迷、オリジナル作品はマーチャンダイズの不調という状況だった。アニメブームを支えた構図のその両面が逆風に晒されたのだ。
かくして第1次アニメブームは終焉へと向かっていくことになる。
 アニメージュの記事では、ジャンルの不振そのものは珍しくない、というTVマンの談話も取り上げている。記事では、次に流行するものはなになのかが見えない状況が’84年の“激減”の一因であるとも書いている。
 
 次回からはアニメブームの終わりにあたってどんな変化があったかを探りたいと思う。