藤津亮太のテレビとアニメの時代 第11回 第1次アニメブームの補足ポイント

第11回 第1次アニメブームに補足したい2つのポイント

藤津亮太

 今回から本連載は’80年代編に入る。
 ’80年代に入ってからの大きなトピックは二つある。一つは’85年の第1次アニメブーム終焉。もう一つは、’80年代後半以降の再放送枠の段階的な減少である。今後は、この二つを念頭に置きながら、番組表を見ていきたいと思う。
 とはいえ今回からしばらくは、まだ第1次ブーム終焉以前、アニメブームが’81~’82年の頂点に向かっていく過程を追いたいと思う。
 そしてそれに先だって、今回はまず第1次アニメブームについて語るときに「欠けてしまいがちが視点」を補足することから始めたい。

 前回までの流れを踏まえ第1次アニメブームの立ち上がり時期のアニメの状況を簡単にまとめておくと次のようになる。
 1、アニメブームは’77年の劇場版『宇宙戦艦ヤマト』を発火点として始まった。
 2、その直前の’75年からロボットアニメが玩具メーカー主導で作られるようになり本数も増加。「玩具を出していれば自由に作れる」という土壌が広がる。
 3、ロボットアニメの「制限付きの自由」がハイターゲット作品の揺籃となる。
 4、一方で『まんが日本昔ばなし』のヒットを受けて、TBSが『まんが~』といった番組を多数放送。
 5、2、3、4の流れがアニメの本数増加を招き、バラエティに富んだラインナップが放送されるようになる。

 アニメブームは基本的に、ハイターゲット向け作品、具体的には『宇宙戦艦ヤマト』から『機動戦士ガンダム』に繋がる線で語られることが多い。だが第1次アニメブームの数量的活況は、そうしたハイターゲット向け作品のみで生まれていたわけではない。
 ’79年に放送開始され大ブームとなった作品に『ドラえもん』がある。
 『ドラえもん』は’79年4月から放送開始。当初は月~土曜日の18時50分から放送された帯番組で、’81年10月より金曜日19時からの30分枠に移動した。そして現在もまだ番組は継続している。
 『ドラえもん』のヒットは、その後、藤子不二雄作品が次々とアニメ化されるきっかけとなった。また、「東映まんが祭り」のようなスタイルの劇場作ではなく、年に1回、単独の長篇を制作するというスタイルの嚆矢でもある。このスタイルはその後、『うる星やつら』などに継承され、現在もアニメ映画の一つの方法論となっている。
 『ドラえもん』自体はアニメブームからは遠い作品だが、アニメブームの熱気とは別のところに「もう一つのブーム」があったことは、’90年代半ばにあった第2次アニメブームにはないことで、第1次アニメブームの豊かさの一つの所作といえる。

 もう一つ忘れていけないのは「松本零士ブーム」だ。「松本零士ブーム」は、アニメブームの前半の盛り上がりを支え、

 ’74年に『宇宙戦艦ヤマト』でアニメに携わることになった松本零士は’77年には『惑星ロボダンガードA』に原作として参加。
 東映動画(現・東映アニメーション)は、ここからそれまでの永井豪(とダイナミックプロ)から、松本零士へと軸足を変えている。『ダンガードA』こそ松本の世界観に存在しない巨大ロボットものであったが、その後は、本格的に松本の世界観に基づいた作品が増えてくる。
 以下、この時期に松本が関わった作品を挙げる。

 ’78年 『宇宙海賊キャプテンハーロック』/『SF西遊記スタージンガー』/『銀河鉄道999』(TV)/『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(映画)/『宇宙戦艦ヤマト2』
 ’79年 『SF西遊記スタージンガーII』/『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』(テレフィーチャー)/『銀河鉄道999』(映画)
 ’80年 『マリンスノーの伝説』(テレフィーチャー)/『メーテルリンクの青い鳥 チルチルミチルの冒険旅行』/『ヤマトよ永遠に』(映画)/『宇宙戦艦ヤマトIII』
 ’81年 『新竹取物語1000年女王』/『さよなら銀河鉄道999 ―アンドロメダ終着駅―』(映画)
 ’82年 『1000年女王』(映画)/『わが青春のアルカディア』(映画)/『わが青春のアルカディア 無限軌道SSX』

 こうして並べると、『宇宙戦艦ヤマト』関係などを抜いても、圧倒的な数であったことがわかる。また劇場版『銀河鉄道999』も、正面から青春映画として制作されており、従来のまんが映画とはやはり一線を画す作品であった。
つまり’79年から’82年までの間は『ガンダム』と競い合うように松本アニメが放送・公開されていた時期ということができる。
 そして映画興行の成績だけ見れば、『ガンダム』よりも松本アニメのほうが好成績を残しているのである。

 本題のTVアニメから話題が少しずれてしまった。
 だがアニメブームが、『ヤマト』→『ガンダム』という単線的な状態ではなく、アもう少し複合的な状態で推移していたということはもう少し顧みられるべきだろう。
 次回は、この視点を意識しつつあらためて’80年代初頭のTVアニメの状況を確認したいと思う。

[筆者の紹介]
藤津亮太
 (ふじつ・りょうた)
1968年生まれ。アニメ評論家。編集者などを経て、2000年よりフリーに。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)。編著に『ガンダムの現場から』(キネマ旬報社)など。アニメ雑誌、そのほか各種媒体で執筆中。
ブログ:藤津亮太の 「只今徐行運転中」 http://blog.livedoor.jp/personap21/