北米のマンガ事情 第23回 「マンガの翻訳について考える」 後編

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情 第23回
「マンガの翻訳について考える」‐後編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

 

筆者:椎名ゆかりさん自身が翻訳したアメリカ作品「デイトリッパー」。(作 ファビオ・ムーン 、画 ガブリエル・バー 、訳者 椎名ゆかり )
筆者:椎名ゆかりさん自身が翻訳したアメリカ作品「デイトリッパー」。(作 ファビオ・ムーン 、画 ガブリエル・バー 、訳者 椎名ゆかり )

<翻訳はどのように重要なのか>

冒頭で翻訳の重要性は実は見えにくいと書いたが、「どのように重要なのか」についても意外に、語られることは少ない。作品の良さを損ねることなく“オリジナル”に近い形で別の文化圏・言語圏の読者に作品を届けるために、良質の翻訳は不可欠だが、個々の作品に限定せずに日本マンガ全体に目を向けても、「翻訳がどのように重要なのか」は見えてくる。

アメリカに限定して話をすると、アメリカでは自国産の作品も含めて、残念ながら一般的にマンガに対して「子供向けの低俗なもの」という印象を持つ人が多く、日本におけるマンガとは比べものにならないくらい、社会的・文化的地位が低い。アメリカでブームを起こした日本のマンガも、一時ほどの勢いはなくなり、現在ではニッチな市場として定着した。
そんな中、再度市場を開拓していくには、読者層を拡げ一般へと普及を図る必要がある。そして、読者層を拡げるには、社会的・文化的に低いマンガに対する現在の社会的認識をある程度変えていかなければならない。

アメリカにおける日本マンガ市場は少年・少女向けの作品が強く、アメリカで日本マンガというと(もちろん、世代や人によっても違うが)「子供向け」と感じる人が多い。マンガを含め、大人は子供の読み物に目を光らせているため、教育的価値を重視しがちな親はセリフの翻訳文の質のせいで子供がマンガを読むのを嫌がるかもれない。
そのうえ、最近マンガ所蔵に積極的になってきたと言われる図書館も、子供の読書における影響を考慮して購入と所蔵を渋るかもしれない。

しかも、まだアメリカでは市場開拓の余地が更に大きく残されている青年向け作品の場合、大人の読書に耐えうる翻訳の質が当然必要とされる。青年向けの作品は、子供向けの作品よりも更に内容において文化的依存度が高い場合が多く、語学の習熟度に加えて、翻訳者には日本文化に対する知識が要求され、作品への深い理解が求められる。

以前もこのコラムで取り上げたが、90年代からアメリカで日本のマンガの翻訳者として活躍し、現在では京都精華大学で教鞭をとるマット・ソーン氏は、ご自身のブログで「The Tokyopop Effect」 と題し、かつてのアメリカのマンガ出版社TOKYOPOPの翻訳者の扱いを非難している。

TOKYOPOPはマンガ単行本の単価を下げるためにあらゆるコストを最小限に抑え、翻訳料も下げた。結果、年齢層の低い読者にはその低価格が喜ばれマンガは売れたが、結局はアメリカにおける日本マンガ全体の低価格競争を招き、質の悪い翻訳を蔓延させてしまった。TOKYOPOPの低価格単行本は日本マンガ普及には貢献したかもしれないが、一方で日本マンガの翻訳の悪さを常態化させた罪が大きい、とソーン氏はTOKYOPOPを批判する。

ソーン氏が言うように、読者が子供の頃は多少質の悪い翻訳で日本マンガを読んでいたとしても、一旦「翻訳がひどい」または「翻訳がひどくて読みにくい」というイメージがついたものを、大人になってからも気にせず買い続けてくれると期待するのは難しいだろう。

ただ、質の良い翻訳の重要性を理解していても、海外における市場規模や日本市場との違いを考えると、翻訳に多大な費用を割り当てるのは、出版側にとって実際にはかなり苦しい選択である。
TOKYOPOPの単行本が低価格と言っても、当時10ドル前後だった日本マンガの単行本は、日本円にするとおよそ千円の感覚だ。ただでさえ高くなりがちな海外の日本マンガの価格を考えると、質を高めるために翻訳料を上げて1冊あたりの価格を上げてしまうのが本当に良いことなのかどうかの判断は人によってわかれるだろうし、現地の読者にとって必ずしも歓迎されることではないのも事実である。

マンガの翻訳は出版業界の方々が向き合ってきた課題であり、そのあり方も含めて考えは人それぞれだ。ただ個人的に第一歩として大事だと思うのは、翻訳は重要という認識を様々な場で共有することである。先に述べた翻訳コンテストはその点でも意味がある。

この「Manga Translation Battle」は、日本の出版社が優秀なマンガ翻訳者を育て、まだ世に出ていない翻訳者にも機会を与えようという意図で開催された日本初の出版社公認のマンガ翻訳コンテストであり、その意図だけ見ても素晴らしい試みである。
しかし、筆者が(平成26年3月現在)研究補佐員を勤める文化庁がコンテストに協力しているというだけでなく、個人的にも大変意味があると考える理由は、日本のマンガ出版社がマンガ翻訳を重要だと考えていること、そしてネット上に氾濫するデジタル海賊版を憂慮して、良い翻訳者にプロになる機会を持ってもらおうとしていることを海外に向けて発信している点にある。

優秀な翻訳者はすぐには育たない。どのような形であれ翻訳者を育てる試みが今後も継続していくことが、恐らく大事なことなのだ。