北米のマンガ事情 第22回 「アメリカのコミックスは本当にスーパーヒーローばかりなのか」‐中編‐

 
文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情 第22回
「アメリカのコミックスは本当にスーパーヒーローばかりなのか」‐中編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

 

<「コミックス専門店」、「コミック・ブック」、「グラフィック・ノベル」>

■ コミックス専門店

コミックス専門店とは、「comics specialty store」「comic shop」「comic book store」とも呼ばれるコミックスを専門に扱う店である。ただし店によって扱う商品に幅があり、キャラクターグッズのような物から、トレーディング・カードまで、コミックスに直接関係ない商品が売られている場合もある。
前述したように、コミックス専門店は「ダイレクト・マーケット」と呼ばれる独自の流通を持ち、一般書店への流通と違って返本はできない。上でも触れたDCDは、北米のコミックス専門店に現在ほぼ独占状態でコミックス卸すディストリビューターである。

前編でのリストはDCDが取引先へ卸した数を集計したものだが、その取引先には北米のコミックス専門店に加え、海外やネット上の取引先のも若干含まれる。北米におけるコミックス専門店の数は80年代をピークに徐々に減り続け、(資料によって異なるが)現在は3500とも4000とも言われている(2)。
 

(C)Getty Images
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■ コミック・ブック

コミック・ブックとは、1冊30ページ強のパンフレット状の小冊子のこと。多くの場合1シリーズにつき毎月1冊、そして1冊ごとに1エピソードの連載形式で話が進む。(もちろん、例外もたくさんある。)
コミック・ブックほど、アメリカのコミックス文化を知ると興味深いものはないと個人的に感じているが、同時に日本のマンガ文化に身を置く者としてこれほどわかりづらく、説明が難しいものは無いとも思っている。

誤解を承知でコミック・ブックの説明をすると、例えば「週刊少年ジャンプ」1号分の『ONE PIECE』だけを閉じた冊子が毎月出ていると想像してもらえるといいかもしれない。
コミック・ブックを更に知るには、特にスーパーヒーロー作品の場合、多くのシリーズが世界観を共有するユニバースの概念や、シリーズを越えて同一イベントが描かれるクロスオーパー等のギミックなどがとても重要だが、本筋から逸れるので、その解説は別の機会にゆずりたい。

コミック・ブックはもともと、新聞に連載されたコミックスであるコミック・ストリップ(日本で言うコママンガのようなもの)をまとめたものとして1930年代に登場し、当初は他の商品のオマケとして配布されていた。

その人気の高さから商品として売られるようになって、長い間ニューススタンドや駄菓子屋、雑貨店で新聞や駄菓子などと一緒に販売されていた。
その後70年代にはコミックス専門店に特化した流通「ダイレクト・マーケット」の基礎となる形ができ、80年代以降はコミック・ブックの多くが「ダイレクト・マーケット」の流通システムを使うコミックス専門店で売られるようになった。現在でもニューススタンドで売られてはいるものの、その売上はコミック・ブック全体の1割にも満たない。一般書店での流通は更にごくわずかである。
 

『マウス』の作者 Art Spiegelman (C)Getty Images
『マウス』の作者 Art Spiegelman
(C)Getty Images

■ グラフィック・ノベル

グラフィック・ノベルは、比較的新しい言葉であり、最初に登場したのは60年代とも言われている。現時点では使用する人によって意味が異なるので、文脈で意味を判断するしかない。
例えば、作品の質をとらえて「文学性の高い作品」という場合や、「1冊もしくは数冊で完結する作品」のように物語形式を指す場合もある。
先のDCDのリストのグラフィック・ノベルは、描き下ろしのコミックスの本、またはコミック・ブックをまとめた本(トレードペーパー・バック、TPBとも呼ばれる)を指し、ある種の出版形態のことである。本コラムではDCDと同じ意味で使用している
。グラフィック・ノベルは以前主にコミックス専門店で売られていたが、21世紀に入り一般書店でも売られるようになった。グラフィック・ノベルについては次項で更に解説する。

<グラフィック・ノベルの台頭>

先に述べたように、「コミックスと言えば、スーパーヒーロー」という社会的認識が、過去10年ほどの間に少しずつ変わってきた要因のひとつとして筆者はグラフィック・ノベルの台頭を挙げた。
“過去10年間ほど”としているのは、その間コミックスの本(日本で言うと、単行本にあたるもの)であるグラフィック・ノベルの社会的認知度が、急激に伸びたからである。

コミックスをまとめた本はコミックスの誕生からあったともいうこともできるが、グラフィック・ノベルという言葉が使用され始めたのは60年代からと言われている。特に一般化したのはウィル・アイズナーによる描き下ろしの作品『Contract with God and Other Tenement Stories』(1978年)が批評的にも商業的に成功したことによるということだ。
しかし、この作品が成功したからと言って描き下ろしのコミックスの本がどんどん出版されたというわけではなかった。

コミック・ブックで連載していた作品も同様である。日本では、マンガ雑誌に連載されていた作品が自社によって単行本にまとめられるようになるのは、70年代初頭からであるが、アメリカにおいてコミック・ブックで連載していた作品が本にまとめられて出版されるようになるのは主に80年代からで、当時はそれも一部の人気作品に限られていた。日本のように殆どの作品が単行本にまとめられるようになったのは、21世紀に入ってからである。

80年代に入ると、『バットマン:ダークナイト・リターンズ』『ウォッチメン』『マウス アウシュビッツを生きのびた父親の物語』という作品がきっかけになり、グラフィック・ノベルの作品の質に注目が集まり、大手のメディアがその存在を記事にするようになった。
特に『マウス』は第2巻が発売されたのを機に、ピューリッツァー賞も受賞し、今でも20世紀の偉大な本のひとつとして、コミックスのカテゴリーを超えて高く評価されている。

この3作品と比較しうるヒット作品は簡単には生まれなかったものの、80年代の諸作品をきっかけに、90年代を通してコミックスに対するアカデミックな領域での研究が盛んになり、コミックスに対する批評も多く書かれるようになった。
以前はコミックス批判の先頭に立っていた図書館も、この時期には新しい文学としてグラフィック・ノベルの所蔵に興味を持つようになる。このような社会的認知の向上と共に、日本マンガのブームも手伝って、それまでコミックス専門店で主に売られていたグラフィック・ノベルが、2000年代初頭から一般書店でも数多く売られるようになった。

先に述べたように、コミック・ブックはコミックスの愛好者が通うコミックス専門店で売られているものである。コミックス専門店はその閉鎖的な雰囲気からしばしば、一般客には敷居が高いとして知られている場所だ。
グラフィック・ノベルがそれまでの閉じた専門店から誰でも入り易い書店で売られ始めたことは、社会的にグラフィック・ノベルの認知度を飛躍的に上げ、新しい読者の獲得につながった。

一般書店同様、新しい読者にとって買い易いという点では、過去10年のAmazon等のネット書店の急成長もグラフィック・ノベルの売上向上に大きく貢献したと思われる。コミック・ブックは現時点で最大手のネット書店であるAmazonで売られていないのに対し、グラフィック・ノベルは売られている。

一般書店でのグラフィック・ノベルの売上が、コミックス専門店の売上を超えたのは2003年である。グラフィック・ノベルを積極的に店頭に置いていた大手書店チェーンBordersの倒産により、一般書店でのグラフィック・ノベルの売上は一時かなり打撃を受けたが最近では回復を見せ、2012年の一般書店と専門店を合わせた統計ではグラフィック・ノベルがコミック・ブック全体の売上額を若干だが上回っている 。

2)*DCDのHPで北米におけるコミックス専門店の数は、3500+アルファと書かれている。
3)“Overall print comics market topped $700 million in 2012”

後編に続く

 

(C)Getty Images
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