北米のマンガ事情 第16回 海外マンガ出版と「バンド・デシネ」 -2- by 椎名ゆかり

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情
第16回
「海外マンガ出版と「バンド・デシネ」」 PART2

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

「バンド・デシネ」

このコラムを読んでいる人の中には、最近「バンド・デシネ」という言葉を耳にする機会が増えたと思っている方がいるかもしれない。「バンド・デシネ Bandes Dessinees)」略して「ベー・デー(BD)」は上で述べたようにフランス語で「マンガ」を意味し「フランス語圏のマンガ」を指す言葉だ。
ただし、日本での実際の使用例を見てみると、フランス語圏の作品だけでなくヨーロッパ全体のマンガを指すこともある。ちなみにフランスでは「第九芸術」とも呼ばれる「バンド・デシネ」が、そもそも「第九芸術」と呼ばれるようになったのは1960年代前半だと言う。そしてほぼ同時期に「バンド・デシネ」という言葉が生まれている。(それまでマンガは「イリュストレ Illustre」と呼ばれていた。) 

「バンド・デシネ」という言葉自体が日本で使われるようになったのは最近ではない。いつ頃初めて日本の媒体に登場したのか正確にはわからないが、海外マンガをとりあげた雑誌、例えば1980年『スターログ』3月号、1990年の『スタジオボイス』11月号の「地球コミック宣言」、1992年『デザインの現場』12月号「コミックスの芸術家たち」特集、1998年『電撃アメコミ通信』vol.1、2002年に出版された『本とコンピューター』春号の「フランス語圏のまんが(BD)たち」等々において、ヨーロッパのマンガの紹介の中で使われている。
その他ではマンガ家の大友克洋が1994年に講談社から出た『目かくし鬼』というフランスのマンガに「ヨーロッパコミックと私」というコラムを寄せ、その中で「B.D.」という言葉を使っている。

一方で、「バンド・デシネ」の紹介記事ではなく、作品自体を出す出版社側も「バンド・デシネ」という言葉を使い、作品を「バンド・デシネ」として出している。
恐らくまだ使用例はいくつもあると思うのだが、筆者の手元にある範囲で言うと2007年に出た『大発作―てんかんをめぐる家族の物語』(明石書店)の帯には「フランスのマンガ」という言葉と並んで「バンドデシネ」というルビがふられている。より最近では、国書刊行会が2010年から2011年に「BDコレクション」としてフランスのマンガを3冊出版。近年数多くヨーロッパのマンガを手がける小学館集英社プロダクションは自社のヨーロッパのタイトルを「BD」と呼び、「Shopro Books BD Lineup」として「世界にはまだあなたの知らないマンガがある」と題したチラシも配布している。

2008年に創刊されたヨーロッパのマンガを掲載する雑誌『euromanga ユーロマンガ』は、雑誌のタイトルこそ「マンガ」とあるが、創刊号の一番に掲載されているのは「バンド・デシネとは」で始まる「バンド・デシネとは何か」を紹介したコラムである。
このコラムにおいて、著者である原正人は「私たちはBDあるいはバンド・デシネという言葉を大事にしたいと思っているが、敢えてここでは『UEROMANGA』というタイトルを採用している。これはBDを日本に紹介する本であると同時に、日本マンガとマンガ読者へのラブレターなのだ」と記している(p.5)。

他に面白い例では、2006年に出た『メタルギアソリッド バンドデシネ』を挙げてみよう。日本の人気テレビゲーム『メタルギア』を原作にしてアメリカで出版されたマンガ(作画はオーストラリア人で脚本はアメリカ人)をもとに作られたのが『メタルギアソリッド バンドデシネ』である。
Wikipediaによると、メタルギアシリーズを題材にしたデジタルコミック。「デジタル・バンドデシネ」とも呼称している。別名「ベーデー」。「バンドデシネ(BANDE DESSINÉE)」の由来は、主にフランスにおいて呼称される、芸術度の高いコミックという意味がある。アメリカではコミック版のメタルギアソリッドが発売されており、メタルギアシリーズ生みの親である小島秀夫の意図により、この呼称が名付けられた13。(斜線は引用者)

ヨーロッパ、またはフランス語圏のマンガ(以下「ヨーロッパのマンガ」)を出版社が出す時に「バンド・デシネ」という言葉を選んだのはこの「芸術度の高い」というイメージのせいだろうか。もしそうなら、寺田克也、大友克洋、藤原カムイと言った「バンド・デシネ」を好む日本のマンガ家がそれぞれ絵が上手いことで知られ、マンガ家仲間からも尊敬を受ける作家だったことも、そのイメージを助長したに違いない。

「マンガ」を意味する「バンド・デシネ」というラベリングにより、近年出版されたヨーロッパのマンガは少なくとも「マンガ」として紹介された。紹介された側の読者はマンガとしての消費を促され、同様に「バンド・デシネ」と紹介されることで、「ヨーロッパにおいてもマンガとして消費されている」という文脈が提示された。それは、たとえ日本で海外マンガを読む人が必ずしも普段日本のマンガを読む人と重なっていないとしても、読者にとって購入する際の有益な情報となったと思われる。

先にも述べたように、過去日本ではヨーロッパのマンガは日本のマンガと同じ範疇に入る「マンガ」として認知されず、別のもの(例えば、絵本など)として提示、または認識されることも多かった。
しかし近年出版されたヨーロッパのマンガは少なくとも自らマンガと名乗り、日本のマンガと比較し得る、同じカテゴリーの存在として登場してきた。
海外マンガの紹介例がまだ少なく、現在出版されている作品は、海外でも評価の高い作品が多いということを考慮に入れても、「このマンガを読め!」の「ベスト10入り」やメディア芸術祭のマンガ部門の受賞は、海外の作品が日本のマンガと比較し得る、同じカテゴリーの存在であると認識されている現在の状況の現れに思える。

ここで「バンド・デシネ」を、アメリカで日本のマンガが売られる際に使われた「MANGA」と比較すると面白い。両方とも生産国の言葉をそのまま輸出先の国へ持ち込んだ言葉で、出版する側も(ブーム時には)積極的に掲げていた。14
敢えて日本語をローマ字読みした「MANGA」を出版社が使うのは、アメリカに以前から存在する「COMICS」と日本のマンガを差別化し、別のものであることを強調して、新しい娯楽商品として売り出すためだった。そして「バンド・デシネ」は、今まで日本ではあまり消費されていない「ヨーロッパのマンガ」という商品であることを訴えながらも、同時に日本の巨大なマンガ市場の中で「マンガ」というカテゴリーの作品として読まれることを望んで使われた呼称である。そして既に評価の確立した作品を多く出すことで「バンド・デシネ」のブランド化を目指している。

13.  『メタルギアソリッド バンドデシネ』Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%82%A2%E3%82%BD%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89_%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%87%E3%82%B7%E3%83%8D
14.  「アニメ!アニメ!ビズ」の当コラム第8回「北米のマンガブームのきっかけ」参照。
http://www.animeanime.biz/all/119151/

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■ フランスのバンド・デシネ政策