北米のマンガ事情第14回 クラウドファンディング ―アメリカにおけるコミックスの自費出版 PART3

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情
第14回
クラウドファンディングによるコミックスの出版 ― アメリカにおけるコミックスの自費出版 PART3

椎名 ゆかり

■ コミックスの出版にクラウドファンディングが使われるわけ

コミックスの出版とクラウドファンディングの相性の良さには恐らくいくつもの様々な理由があり、そのすべてを明らかにするのは難しい。ただし推測として、アメリカのコミックスを巡る業界、読者、ファンを含む包括的なコミュニティをそのひとつの理由として挙げておきたい。
簡単に説明すると、コミックス制作に関して必要な資金をコミュニティ内で支援し合うのは、アメリカのコミックスにおいて珍しいことではなかった。(5)それには、コミックスの市場規模が日本と比べるとかなり小さく、日本のように大きなビジネスとして成りたっていないため、コミックス業界とファン、そしてファン同士が近い関係性を保ち、コミュニティとして比較的小さくまとまっていたことが大きい。

日本とは違うかたちで自費出版が盛んなのも、その市場規模に関係しているだろう。特に90年代に入ってウエブコミックがネット上で盛り上がりを見せ始めてからは、ウエブコミックのアーティストが創作活動を続けるためにネット上で寄付を募るのもよく行われていた。
クラウドファンディングによる資金提供(もしくは寄付)は、コミックスのコミュニティにとって、システム自体は目新しかったとしても、今まで行ってきたこととそれほど大きな違いはなかったのである。

上に述べたことをもう少し詳しくみてみよう。

●自費出版 (6)

60年代以降のアメリカのコミックスを見ると、何度か自費出版のブームが起きている。自費出版の作者の多くは常に資金をなんとかやりくりして本を出してきた。クラウドファンディングの登場は、コミックスの自費出版の資金調達のオプションがひとつ増えたことを意味する。

日本においても“同人誌”と呼ばれる一種の自費出版の形態があり、「コミケット」などの同人誌即売会がよく知られているが、アメリカのコミックスにおける自費出版も歴史が長く、その存在感は日本における同人誌とは別の意味で大きい。

そもそも、アメリカのコミックス市場は日本とは比べものにならないくらい小さく、娯楽としてのコミックスの大衆文化内の地位は、日本におけるマンガとはかなり違う。1950年までは若者文化として百万部もの部数を誇るコミックブックが次々と登場したこともあったが、現在は映画やテレビの原作として知られてはいても媒体としてのコミックスは、新聞や文芸誌に掲載された一部のコミックストリップや1コママンガを除くと、マージナルな文化となっている。

逆に言うと、コミックスの市場が小さいからこそ自費出版の作品の存在感も大きい。市場規模が小さいゆえに中小出版社の作品と自費出版の作品の境界が曖昧なせいもある。アメリカのコミックスの自費出版の歴史を詳述するのはこのコラムの手に余るが、誤解を招くことを承知でごくごく簡単に振り返ると、ヒッピーなどのカウンターカルチャーのムーブメントに呼応して60年代に生まれた「アンダーグランド・コミックス」のブームが70年代に収束すると、“メインストリーム”と呼ばれる大手出版社が手がけるスーパーヒーローものの作品とは別に、80年代から「オルタナティブ・コミックス」または「インディペンデント・コミックス」などと呼ばれるオリジナルな作品の出版が相次いだ。どちらのブームも主な立役者は自費出版から登場している。

自費出版の場合は資金不足のため本の流通に苦労する場合が多く、特に国土の広いアメリカでは全国に本を流通させるのは難しい。そんな中、70年代に登場した「ダイレクト・マーケット」と呼ばれるコミックス専門店を対象とした流通市場では、自費出版の本も多く扱い、その流通に貢献してきた。「ダイレクト・マーケット」とは、現時点で全国で3500あると言われるコミックス専門店(統計によって数字は異なるが、現在では多くても4000ほどと思われる)から直接事前にオーダーを取り、そのオーダーに従って出版社から専門店へ本を届ける流通ネットワークである。出版社はオーダー数を見て印刷することができる上に返本が無いため、本来ならば中小出版社にはリスクが低く参入しやすい市場とも言える。

「ダイレクト・マーケット」は80年代から90年代にかけて自費出版による作品を多く扱ってきたが、90年代後半から市場の寡占化が進み、現在ではDiamond Comic Distributorという1社が同市場においてほぼすべて(全部ではない)の流通を扱うようになった。それに伴い、Diamondは自社と取引をする各出版社の扱い量の最低額を引き上げたため、小出版社や新規の参入が現在では難しくなっている。

中小の独立系出版社や自費出版のコミックスのコンベンションであるAlternative Press Expo (APE)やSmall Press Expo(SPX)が90年代初頭に相次いで始まり、中小出版社だけでなく自費出版の本の即売会としても機能しているが、やはり「ダイレクト・マーケット」が自費出版の本を数多く扱っていた時期である80年代から90年代にかけてが自費出版のコミックスの最も活発だった時期と見る人もいる。

しかし90年代に入ると、別の形での自費出版が活発になる。

次ページ

5. コミュニティ内の支援の例のひとつに「Xeric Foundation」がある。自費出版で出した『忍者タートルズ』が大成功を収めたピーター・レアードが1992年に設立したNPO団体「Xeric Foundation」は、アーティストの自費出版に助成金を出していた。2012年をもってその活動を終えたが、設立以来200人を超えるアーティストに対して250万ドル(現在のレートで2億円)を提供した。
6. 本記事で言う「自費出版」とは、出版社などの第3者を介さずに本の制作から流通までの全過程を作者がコントロールしている出版行為または出版物を指す。その場合、たとえ出版社として会社組織の体裁をとっていても、作者ひとりで、もしくは作者とその配偶者のみで運営する会社のような極小出版社も含む。)