北米のマンガ事情第12回 ファン翻訳を商業出版に活用する試み 後編

■ 「ギルド」の問題点

「ギルド」が革新的な試みであることは間違いない。しかし、どんなシステムも完全ではないように、「ギルド」でも問題が指摘されている。

まず第一に、その翻訳の質である。「ギルド」の応募した1300人のうち「ギルド」のテストに合格したのは30%(12)ということだが、だからと言って質が保障されているわけではない。翻訳者の数は常に不足し、チームのメンバーを求めるDMPの掲示板では翻訳者を探す声が一番多い。
しかし小説などに比べると安いマンガの翻訳料の中でも更に安い報酬では、優秀な翻訳者を多く参加させることは難しい。しかも翻訳されたセリフの質を管理することになっている「編集」担当者が日本語を理解できるとは限らず、英訳されたセリフの英語としての質を管理することはできても、誤訳のチェックはできない。

その上、最終的な品質管理はDMPが行うことになっているものの、実際にはセリフにスペルミスがあったり、文法的に問題がある作品が商品として出たこともあった。マンガのレビューサイトや掲示板では翻訳の質以前にセリフの英語自体の出来栄えにムラがありすぎるとして、かなり厳しい口調で「ギルド」チームとDMPが非難されている。
DMP側では特に質がひどいとされている作品に関して再度チェックするとしているが、DMPには品質を管理をする担当者がいないのではないかという疑問も浮上し、管理体制の甘さを露呈する結果となった。

同様に管理体制の問題として、DMP側からの連絡ミスや遅れに不満を表すメンバーもいる。DMPは「ギルド」チームの代表者がメンバーからの質問を集約してDMPとコンタクトをとることを要求しているが、それでも数多いグループ(35以上?)を同時に対応するのは相当難しいに違いない。
あるブログでは、まったくの素人である「編集」担当者が、自分の仕事に自信が持てず不安を感じても、DMPからフィードバックをもらえないことにいらだちを感じている様子が報告されている(13)

更に挙げると、問題があるのは運営するDMPだけではない。「ギルド」メンバーの中には、途中で仕事を投げ出してしまう人も少なからずいるようだ。チームのメンバーが消えてしまい、困惑する声も掲示板などであがっている。
これは「ギルド」固有の問題とは言えないが、ネット上のみの繋がりで仕事をしていることが影響しているのかもしれないし、そのやり方の類似性からスキャンレーションの延長上で「ギルド」の仕事をとらえているメンバーがいるのかもしれない。

その他、スキャンレーションを行うグループと「ギルド」との軋轢も表面化した。もともとDMPは「ギルド」のメンバーに対して、“「ギルド」の作品をスキャンレーションから守る”ように奨励していた。
その方法は、「スキャンレーションを掲載しているサイトに対して、丁寧な口調でスキャンレーションの取り下げを依頼する」というもので、一部の「ギルド」メンバーはDMPの提案に従って依頼メールを出している。メールを出した理由として、スキャンレーションが自分の携わった作品の売上に影響し、報酬が減ることを挙げるメンバーもいた。

メールを受けとった現役スキャンレーターたちは猛反発した。実際にどのような内容のメールが送られのかはわからないが、現役スキャンレーターたちの中にはその内容を“失礼だ”と感じ、「ギルド」作品の不買運動をネット上で呼びかける人が現れたのである。
そもそも「ギルド」メンバーたちはその作品の直接の権利者ではなく、法律的には配信停止を求める警告状を送る権利はない。現役スキャンレーターたちにとって見れば、取り下げを求めてきた「ギルド」メンバーの多くが元は自分たちと同じスキャンレーターであり、微々たる金銭的報酬で立場を変えた裏切者である。

DMPも事態を憂慮し、「ギルド」メンバーには法律的に取り下げ要請を出す権利は無いことを認め、権利があるかのように振るまうことを自重するよう求めた。しかし違法配信を取り下げることを求める丁寧な依頼文をスキャンレーターに送ることは引き続き提案し、その文章のひな形も作成した(14)
DMPではスキャンレーションの取り下げ依頼を自分たちではなく、マンガのファンである「ギルド」メンバーに行わせることによって、DMPの仕事量を減らし、穏便に問題を解決するつもりだったのかもしれない。DMPの思惑通りファンの怒りの矛先はDMPには向かわなかったが、結局はファン同士のいがみ合いをエスカレートさせる結果となった。

BLは北米マンガ市場の中の更に小さな市場のジャンルであり、ファンのコミュニティ内の関係性も濃い。この点で単純にBLをメインで扱う「ギルド」の事例をアメリカでの日本マンガのコミュニティ全体に敷衍して語ることはできず、あくまでBLマンガを出す出版社の事例としてみることが必要ではある。しかし、そもそもアメリカではマンガ市場自体がニッチ市場だ。

そして、スキャンレーターが多大な労力を投資して、権利者に許可無く翻訳をつけたマンガをネット上に配信するモチベーションはどのジャンルも同じである。
金銭では購われないもの、例えばコミュニティ内での存在感と敬意を得ることが、ファンをスキャンレーション制作に駆り立てる。それは時にはお金よりも重要であり、お金を得ることで失ってしまうこともある。スキャンレーションを正規ビジネスに取り入れる取り組みの難しさはここにある。

DMPによる「ギルド」が成功しているかどうかを判断するのは現時点では難しい。ひとつの目安となるのは売上だが、主に電子版で販売されている「ギルド」のマンガがどのくらい売れているのかは外部からは正確にはわからない。
「ギルド」システムによって、確かにDMPは少ない予算で多くの翻訳マンガを出すことが可能になった。大量の作品を出すことによる市場の飽和が懸念されてはいるものの、実際に1年以上システムは運営され作品を出版し続けている。

DMPのやり方はスキャンレーターやファンを利用しているという非難の声もあがっている。そして翻訳も仕事にする者としては、その翻訳の質に対する懸念も大いにある。しかしアメリカでは、マンガ市場自体が窮地に陥り、ある意味日本以上に新しいビジネスモデルが必要とされているのも事実である。今後も「ギルド」には注目していきたい。

(注釈)
(12)“Inside the Digital Manga Guild” August 09, 2011
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/book-news/comics/article/48282-inside-the-digital-manga-guild.html
(13)コメント欄参照。 http://mangabookshelf.com/blog/2012/04/08/inside-the-dmg-process-process-process-part-1/
(14)Digital Manga Inc. Forum “Official Copyright Abuse Policy” March 16, 2012
http://www.digitalmanga.com/forums/viewtopic.php?f=56&t=2229