北米のマンガ事情第12回 ファン翻訳を商業出版に活用する試み 後編

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情
第12回
「デジタル・マンガ・ギルド」 ― ファンによる翻訳を商業出版に活用する試み 後編

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

 

■ 「ギルド」の目指すもの

「ギルド」がユニークなのは、一般から募集した希望者をグループ化して現地化作業をそのグループに任せる点だけではない。「ギルド」では、翻訳版が売れた場合のみ、その売上から利益を日本の出版社(権利者)、DMP、「ギルド」チームの3者で分配する。発売前の支払いは一切ない。
これは通常の英語版マンガの出版とは大きく異なっている。多くの場合、出版契約が取り交わされた段階でローカライザーである現地の出版社(ここではDMP)が日本の出版社に対してライセンス料を支払い、翻訳も含めた現地化に必要な費用のほとんどを負担する。つまり本の実際の売上にかかわらず現地出版社は発売前に一定額の投資をしなければならない。
しかし「ギルド」では前払いのライセンス料の支払いがないだけでなく、出版された本が売れて初めて制作費用に対する支払いが発生する。言い換えると、本が売れなかった時はDMPや日本の出版社だけでなく、翻訳等を行った「ギルド」チームの労力に対して金銭的報酬はない。

ちなみに、「ギルド」チームの報酬は売上から経費を除いた額の12%。(ただし、契約書が正式には公になっていないので、この情報は不正確である可能性もある。(8)
笹原氏は以前この割合をHPに掲載するとしていたが、現時点では公表されていない。)この12%をチームの人数で分けたものが個人の報酬となる。(そして報酬が100ドルに達するまで、DMPからの支払いは行われない。)

笹原氏によると、そもそもギルドを立ち上げた理由は、ローカライズにかかる費用軽減と時間短縮に加えて、日本の出版社に支払うライセンス料を抑えるためだという。笹原氏は以前から出版前に支払うライセンス料を不公平だと感じていて(9)、この商慣習を変えたいと考えていたようだ。

笹原氏が言うように、「ギルド」のシステムによってDMPは、現地化にかかる費用をかなり軽減できる上に、時間も短縮できた。日米の出版時差はスキャンレーション対策としても有効である可能性が高い。
ファンが違法サイトを訪れる最大のメリットは無料という以外にも、日本でのオリジナル放送から配信までの早さにある。スキャンレーションが日本での出版からほとんど間をあけずに配信され、無料で読者に読まれていくことを考えると、合法の翻訳出版が遅くなれば遅くなるほど損害は大きくなる。
よく言われるのが、日米同時配信の合法サイトがあればファンが違法サイトに流れることはない、という見解だ。この効果はある程度実証されているらしく、日本のアニメを主に配信するサイト「Crunchyroll」では実際に日米同時放送(日本での放送から30分後)が実現され、『NARUTO』のアニメの違法字幕翻訳“ファンサブ”の数を7割も減らしたそうだ(10)
マンガでも努力はされているが、短期的にはともかく継続的な同時出版はほぼ実現されていない。アメリカのVIZ Mediaが2週間遅れで電子版『Shonen Jump Alpha』を出し、これが大手出版社の扱うマンガの中では日米で最も時差の少ないマンガ出版と言えるかもしれない。

「ギルド」では同時に多くのチームが複数の作品の作業に携わっていて、現在グループの数は35以上、メンバーは100人を超えるとも推測されている(11)
事前に代金を払わなくて済み、売れた分だけ払えばいいのなら、どれだけ多くの作品の現地化が同時進行していても(その作業を管理するDMPの人件費などの経費を考えなければ)、理論的にはいくらでも翻訳をつくることはでき、翻訳出版のスピードアップにつなげることができる。

現地化の費用が減り時間も短縮されれば、多くの英語版マンガを出版でき、市場の飽和を心配する声もあるが、市場の活性化も同時に期待することができる。
しかも「ギルド」は、結果的に違法のスキャンレーションを作り出している本人たちを商業出版の世界に取り込んでいる場合も多い。スキャンレーターたちを合法のビジネスに携わらせることで、スキャンレーションを減らし、報酬を与えることでスキャンレーションの違法性に対する意識を変えることもできるかもしれない。
もともとスキャンレーターたちはマンガの(自称)ファンであり、マンガを購入する消費者でもあり得る。敵対せずに仲間にする、というのはその意味でも正しいやり方に思える。

(注釈)
(8)“Digital Manga Guild: Smells like Exploitation!” August 31, 2011
http://ninteenpointzerofour.wordpress.com/2011/08/31/digital-manga-guild-smells-like-exploitation/
(9)“DMP Launches the Digital Manga Guild” December 07, 2010
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/digital/content-and-e-books/article/45433-dmp-launches-the-digital-manga-guild.html
(10)「日本産のコンテンツを世界に向けて配信―アニメ配信ビジネスの先駆者、Crunchyrollの取り組みとは」2012年3月23日
http://www.4gamer.net/games/000/G000000/20120322096/
(11)“Digital Manga Guild – It’s About the Trees, Not the Forest” March 31, 2012
http://cynicalpink-manga.blogspot.jp/2012/03/digital-manga-guild-its-about-trees-not.html

 

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