北米のマンガ事情第12回 ファン翻訳を商業出版に活用する試み 前編

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情
第12回
「デジタル・マンガ・ギルド」 ― ファンによる翻訳を商業出版に活用する試み 前編

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

 

当コラムでも度々お伝えしてきたように、北米における日本マンガの売上は2006年をピークに減少傾向にある。昨年はその下げ幅も落ち着いたようだが、それでも売上部数はピーク時のほぼ半分。アメリカでは日本マンガ出版から撤退する動きも相次ぎ、昨年にはアメリカにおける日本マンガブームを牽引した出版社Tokyopopが北米でのマンガ出版事業を停止した。
しかしその一方で、「アメリカでのマンガ人気はまだ衰えていない。売上が下がったのはネット上に蔓延する違法配信に読者が奪われているため」という見方をとる人も多い。とは言え、無料で読ませる違法翻訳マンガに対抗し、合法マンガを商品として届けるのかなり難しく、現地化にかかる費用は大きな問題のひとつとなっている。

当然、翻訳を含む現地化に要する費用が少なければ出版する側にとっては助かる。特にアメリカでは日本で売れるほどの部数は見込めない上に、10代前半の読者が多いので、商品の価格を上げることは難しい。
Tokyopopが自社の単行本の値段を下げるために翻訳者に払う翻訳料を極端に下げたのはよく知られているが、結局低価格単行本の成功を受けてTokyopopの翻訳料が業界のスタンダードになった。

安い翻訳料による質の低下を問題視する声は多く聞かれるものの、それでも翻訳費用をどのように切り詰めるかに関して、様々な方法が試されている。今回のコラムではアメリカのマンガ出版社Digital Manga Inc.が行っている取り組み「Digital Manga Guild(デジタル・マンガ・ギルド)」 (1)(以下、「ギルド」) をご紹介したい。

本題である「ギルド」の話に入る前に、日本での翻訳料をかけない試みについていくつか紹介しておこう。『ブラックジャックによろしく』などで知られるマンガ家の佐藤秀峰氏は、有志を募って集合知を活用する形で翻訳を作成した。twitterで翻訳するボランティアを募集し、作品のページを「ニコニコ静画」などネット上にアップロードしてそのボランティアに翻訳を任せたのである。
その他、『魔法先生ネギま!』の赤松健氏の運営する「Jコミ」サイトでは、有志が日本語で打ち込んだセリフを自動翻訳ソフトで他言語に翻訳している。(ボランティア自身によって翻訳自体が行われた時は、その翻訳文が優先して表示される、とのこと。)
現時点で『ブラックジャックによろしく』は途中でプロジェクトが中断し、「Jコミ」で翻訳されているのは一部の作品にとどまるようだが、いずれも翻訳の質の問題などはあっても、翻訳にかかる費用をゼロにする新しい試みであることは間違いない。

アメリカのマンガ出版社Digital Manga Inc.の「ギルド」も希望者を募る点では佐藤氏や「Jコミ」の取り組みと同じである。
しかし「ギルド」をあえてこのコラムで紹介しようと考えたのは、このシステムが(「ギルド」運営側の意図に関わらず)結果的に違法翻訳マンガ(以下、“スキャンレーション”)の翻訳者たち(以下、“スキャンレーター”)を多く参加させた点にある。スキャンレーションを正規の商品に活用するのは、この問題に関心のある多くの人が一度は考えたことのあるアイディアかもしれないが、Digital Manga Inc.の「ギルド」ほど、そのアイディアをシステマティックに実現した例は今までなかったように思う。

「ギルド」の運営が開始されてから1年以上が経ち、このシステムによって翻訳された作品が商品として市場に流通している今、「ギルド」による翻訳マンガ出版の過程で浮き彫りになった色々な問題も含めて、「ギルド」を巡る状況を報告する。

(注釈)
(1) “Digital Manga Guild” 公式HP http://www.digitalmangaguild.com/

 

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