藤津亮太のテレビとアニメの時代 第10回 ’70年代「アニメ」用語の定着

第10回 ’70年代「アニメ」の用語はどのように定着したか

藤津亮太

 前回までで70年代のTVアニメの状況を概観したので、今回は’70年代を通じて「アニメ」の用語がどのように定着してきたかを確認したいと思う。
 本連載でも第1回で、「アニメ」という言葉の使用歴を探ったが、今回は朝日新聞の記事中でどのように報じられてきたかを、関連記事を時系列で追いながら確認したい。
(下記リスト参照)

 ’77年までのいわゆる「アニメ」を指す言葉とそれについての記事を並べてみると、いくつかの傾向が見えてくる。

 一つは、アニメという言葉はアニメーションの略語としてまず使われるケースが多かったということ。アニメーションという言葉はアートアニメやディズニーなど「本格的」な作品を指す場合に使われている。ただし単語が長いのでアニメと見出しほかで略す場合があった。
 アニメーションに対して、テレビで放映されているものが「テレビまんが」などの言い回しで表現されることが多かった。テレビをつけずマンガ(まんが・漫画)、あるいは劇画と呼ばれ、印刷メディアの表現と混同される言い回しもあった。

 テレビアメという表記が出てくるのは、’73年が最初だが、現在のような意味合いで「アニメ」使われるようになったのは、’77年に入ってからだ。
 「アニメ!アニメ!」で連載中の斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」の中、第8回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(4)(http://animeanime.jp/special/archives/2009/05/82.html)では、劇場版『宇宙戦艦ヤマト』を取り上げ、「TVマンガ」ではなく「アニメ」と謳うことが、その宣伝戦略の中心に据えられていたと紹介されている。
 少なくとも朝日新聞の記事中の使われ方を見ると、この『ヤマト』の宣伝に前後して、現在と同様の「アニメ」という言葉の使われ方が定着しつつあることがわかる。

 これまでの調査を改めてまとめておこう。

・アニメという用語は’70年以前から存在していた。
・ただしその用法はアニメーションの略語として使われるケースが多く、アニメーションという言葉は個人作家によるアートアニメ、ディズニーなどに対して使われる場合が多かった。
・それに対しTVで放映されているアニメ番組を言い表すために「TVまんが」などの言い回しがあった。
・そもそも原作が出版物であるものも多かったため、漫画あるいは劇画と、印刷物と混同した言い方もあった。
・しかし’77年を境に「アニメ」という言葉が、TV放映作品の呼び名として定着するようになった。

 今回は朝日新聞だけを取り扱ったが、テレビ雑誌、児童雑誌を調べれば、もう少し高い精度で「アニメ」がどのように普及していったかが語れるはずだ。これは今後の課題としたい。

 次回は1回お休みして、いよいよ11月から’80年代編に突入する。

【朝日新聞の記事中の「アニメ」を指す言葉とそれについての記事】

1970年-1977年

[1970年]
・1970年3月3日(火)夕刊
  「幼児に人気 奇妙なアニメ」
  NHK『おかあさんといっしょ』で放映された抽象的なスタイルのアニメーションについて。
  ※アニメ/アニメーション
・1970年6月1日(月)夕刊
  「スポ・コン花ざかり」
  実写・アニメ含めたスポコン・ブームについて。※劇画
・1970年6月18日(木)夕刊
  「のらくろTVに登場」
  『のらくろ』のアニメ化について。
  ※動画ブーム/マンガ/アニメーション/テレビ化
・1970年9月17日(木)夕刊
  『クレオパトラ』映画評
  ※アニメラマ/動画
・1970年11月16日(月)夕刊
  「反応、賛否こもごも TV漫画「のらくろ」」
  先述の『のらくろ』の評判。
  ※TV漫画
・1970年12月22日(火)夕刊
  「姿消すムーミン アンデルセン物語 正月三日から登場」
  ※アニメを指す用語なし

[1971年]
・1971年4月8日(木)夕刊
  「日仏合作でTVマンガ」
  『イルカと少年』の記事
  ※TVマンガ/テレビマンガ
・1971年8月25日(水)夕刊
  「ムーミン再び登場」
  ※アニメを指す用語なし
・1971年9月18日(土)夕刊
  「アニメーション個展 岡本忠成さん」
  ※アニメーション
・1971年10月9日(土)夕刊
  「TVと雑誌 共存共栄作戦?」
  漫画原作の実写ドラマの記事。
  ※アニメ(動画)
・1971年11月12日(金)夕刊
  「日本アニメーション協会 作家ら結束して発足」
  個人作家の協会の発足について。
  ※アニメーション、テレビ漫画

[1972年]
・1972年8月14日(月)夕刊
  「厳しいアテレコ・タレントの道」
  外画の吹き替えに関する記事。
  ※マンガ
・1972年9月25日(月)夕刊
  「テレビマンガ サザエさん 満3歳」
  『サザエさん』人気について。
  ※テレビマンガ

[1973年]
・1973年3月27日(火)夕刊
  「『アニメ新画帖』が完成」
  見出し通りの記事。
  ※動画映画/動画/ポルノ動画
・1973年4月7日(土)夕刊
  『フリッツ・ザ・キャット』映画評
  ※動画/アニメ/アニメーション/テレビ動画
・1973年6月29日(金)夕刊
  『哀しみのベラドンナ』映画評
  ※アニメ
・1973年7月11日(水)夕刊
  「国際アニメーション映画祭から」
  川本喜八郎の報告
・1973年7月27日(金)夕刊
  「スヌーピーの大冒険」映画評
  ※アニメーション
  「進むコンピューター・アニメ」
  『シャーロットの贈りもの』の共同監督イワオ・タカモトのインタビュー
  ※アニメ
・1973年11月6日(火)夕刊
  「鉄腕アトムがダウン 虫プロ倒産」
・1973年12月10日~15日朝刊
  「テレビ小史 アニメーション」
  アニメの歴史を振り返るミニコラム全6回。
  ※アニメーション/アニメ(動画)/テレビアニメ

[1974年]
・1974年2月1日(金)朝刊
  「そろそろ大人向けアニメも」
  久里洋二のエッセイ。久里の肩書きは漫画家になっている。
  ※アニメーション/アニメ
・1974年6月4日(火)夕刊
  「スター級集めて 動画『ジャックと豆の木』製作」
  『ジャックと豆の木』制作に関する記事
  ※テレビ漫画/動画
・1974年7月17日(水)夕刊
  『ジャックと豆の木』映画評
  ※漫画映画
・1974年10月11日(金)夕刊
  「詩的世界描くアニメ」
  岡本忠成と川本喜八郎の新作について。
  ※アニメ

[1975年]
  ・1975年1月7日(火)朝刊
  試写室『まんが日本むかしばなし』
  ※アニメ
・1975年10月2日(木)朝刊
  コラム「もうひとつのアニメ」
  教育映画のアニメの世界を紹介する。
  ※アニメーション/アニメ
・1975年11月28日(金)朝刊
  試写室『クムクム』
  ※マンガ番組

[1976年]
・1976年12月12日(日)朝刊
  「『怪獣』去ってロマンの世界 よみがえる昔ばなし」
  『まんが日本昔ばなし』などの好調を伝える記事。
  ※漫画/漫画ブーム

[1977年]
・1977年1月19日(水)朝刊
  反射光「鉄腕アトムリバイバル」
  『ジェッター・マルス』放送についてのミニ記事
  ※アニメーションまんが/テレビマンガ
・1977年2月4日(金)夕刊
  「怪獣からメルヘン 子どもの世界」
  昔話・名作ブームの分析。評論家・石子順のコメントも。
  ※テレビまんが
・1977年2月26日(土)朝刊
  波「アニメの良さ見直そう」
  『ピコリーノの冒険』『みつばちマーヤの冒険』を評価するコラム
  ※アニメ
・1977年8月5日(金)夕刊
  「異常人気『宇宙戦艦ヤマト』」
  『宇宙戦艦ヤマト』の記事を報じる記事
  ※テレビアニメ/アニメ・ブーム 
・1977年9月28日(水)朝刊
  「アニメ大行進」
  秋の新番組紹介と芥川賞作家の家族への取材
  ※アニメ/アニメーション
・1977年12月29日(木)朝刊
  はがき評「この1年 アニメ」
  読者からの葉書を紹介
  ※アニメ/マンガ
  (マンガと書いているのは41歳の主婦)

[筆者の紹介]
藤津亮太 (ふじつ・りょうた)
1968年生まれ。アニメ評論家。編集者などを経て、2000年よりフリーに。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)。編著に『ガンダムの現場から』(キネマ旬報社)など。アニメ雑誌、そのほか各種媒体で執筆中。
ブログ:藤津亮太の 「只今徐行運転中」 http://blog.livedoor.jp/personap21/