北米のマンガ事情第11回 現地化に伴う変更・編集について考える 

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情
第11回 オリジナルに忠実な形の現地化を求める海外のファンたち :
現地化に伴う変更・編集について考える



椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/


『ピポチュー』日本語版

今回はまず、わたしが仕事で以前関わった『ピポチュー』という作品の話から始めたい。作者はアメリカ人のマンガ家フェリーペ・スミス氏。講談社『モーニング・ツー』で2008年から2010年まで連載していた。

主人公はアメリカ・シカゴに住む日本アニメの大ファン、ミルトン。ひょんなことから夢の国・日本に来ることになり大喜びしたのも束の間、実際の日本はミルトンがアニメやマンガを通して知っていた国とはまるで違っていた。米人殺し屋と日本のヤクザ、アニメオタクにゴスロリ少女の入り乱れる『ピポチュー』は、様々な文化摩擦を描いた作品だ。実際にスミス氏もこの連載の最中も含めて4年間ほど日本に住んでいた。

『ピポチュー』は日本に続きアメリカでも単行本が発売されたのだが、その英語版が英語圏のマンガファンの集う掲示板で非難の対象になってしまった。英語版1巻の表紙がオリジナルの日本語版と違っていたからである。日本語版の表紙に使われたのは中指を立てた女の子のイラスト。英語版ではそれが腰に手をあてて挑発的に胸を突き出す女性のイラストに変更されている。掲示板では表紙のイラストを変えたとして、アメリカで『ピポチュー』を出版したヴァーティカル(Vertical)社を非難するコメントが複数書き込まれた。

ヴァーティカル社への非難は、出版社がその商業主義で表現の自由を検閲した(ように思えた)ことへの反発が根底にあったと思われるが、もともと海外のファンは(アニメやマンガに限ったことではないと思うが)、日本で発売されたオリジナルに出来る限り近い形で消費することにこだわる傾向がある。

数年前ほど前によく見た海外での日本アニメ・マンガ人気を伝える報道では、日本というローカルな場所でのみ人気だと思っていたアニメやマンガが、実はグローバルな場でも人気を得ていたという驚きに加えて、海外のファンが日本のファンと同じように作品を楽しんでいることへの驚きも、表明されていたことが多かったように思う。

外国の本屋で日本のマンガを立ち読みする少年少女の姿や、アニメのエンティング映像を真似して踊る世界各国の人々、またはコンベンションにコスプレをして参加する海外ファンの姿は、日本のファンと同じ嗜好性を持ち、同じように作品を楽しんでいるように見える。そのため、日本で出されたままの、なるべくオリジナルに忠実な作品を消費したいと彼らが主張しても、それは自然なことに思えるのだ。

通常、海外で日本のアニメやマンガが発売される際には、現地の文化や慣習に従って現地化が施される。発売される国の言語に合わせる翻訳も当然そのひとつだ。そして、実際には翻訳以上に色々な形で変更が加えられることが多い。本来なら文化を超えて作品をスムーズに届けるための変更や編集だが、ファンにとっては受け入れ難いものとなっている。

今回のコラムでは、現地化に際して行われる変更や編集(ローカライゼーション)を通して、日本のアニメやマンガの海外での受容について考えてみたい。

 

■ 現地化の際に行われる変更・編集

アメリカにおける日本のアニメやマンガの歴史は現地化による変更・編集と共にある。そしてその現地化による変更・編集は、ストーリーそのものに踏み込む変更から、ごく一部の表現の削除まで、その程度も様々なら理由も様々だ。

例えば、アメリカでは馴染みの無い日本的なものをアメリカの文化に馴染むように翻訳を変更したり(日本特有の食品をアメリカでも手に入る食品へ変更、日本名をアメリカ的な名前に変更、など)、アメリカでは受け入れ難い価値観や表現を削除したり(子供向け作品での飲酒、喫煙、性的描写、宗教的シンボルの削除など)、または現地の商習慣に従った変更や(版型、フォーマットの変更など)、マーケティング的要請による変更(英語版に描きおろしを追加など)等がある。

変更の程度が大きい例としては、アニメ『ROBOTECH』(アメリカでの初放送は1985年)がよく知られている。『超時空要塞マクロス』『超時空騎団サザンクロス』『機甲創世記モスピーダ』の3作品を編集でひとつの作品にしたものだ。同様な例に『百獣王ゴライオン』『機甲ダイラガーXV』の2作を編集した『Voltron: Defender of the Universe』がある。ここまで極端ではないものの、マンガでは大暮維人氏による『天上天下』(アメリカでの出版は2005年)が英語版における削除シーンの多い作品として知られており、ある巻で削除された性的シーンは40箇所ほどにものぼるらしい。

このような変更に対してファンの反応は否定的だ。ネット上には現地化に際してどのような変更・編集が加えられたかを検証するサイトや書き込みがいくつも存在し、ファンの関心の高さを示している。

激しい怒りを露にするファンもいる。上に例として挙げた『ROBOTECH』のプロデューサー、カール・メイセック(Carl Macek)氏が生前語ったところによると、ファンは当初メイセック氏をアメリカにおける『ROBOTECH』の紹介者としてスターのように扱っていたが、3作品を編集でひとつにしたものと知るやいなや、殺害予告付きの脅迫状まで送りつけた 。

『天上天下』では、アメリカの出版元であるCMX(大手コミックス出版社DC Comicsのマンガレーベル)への反発がネット上でのCMX版『天上天下』の不買運動に発展。発売直後には、コンベンションでCMXのブースの周りにファンが集まりスタッフに詰め寄るシーンなども目撃されている。2010年に CMXレーベルが廃止されたのは、『天上天下』の失敗でファンに嫌われたため他の作品の売上も低迷したから、と言う人もいる。

北米の出版社TOKYOPOPが21世紀に入って北米でマンガブームを生み出すきっかけとなったのも、同社の出版した単行本(「右開き」「効果音に手を加えない・翻訳しない」「日本の単行本とほぼ同じ大きさ」)が日本の単行本に近い形だったためファンから歓迎され、結果として北米でのマンガの売上が増大したというのは、過去の当コラムでも取り上げてきた通りである。

過去の失敗から学んだということなのか、アメリカの出版社やアニメの販売会社は、現地化の際の変更・編集を以前ほどしなくなった。アニメのテレビ放送時には編集を加えても、DVDでは未編集のオリジナルに近い形で出すことが多いし、マンガもなるべく変更を加えず出版した上で、自主的にレイティングを高年齢向けに上げるなどして対応している。

インターネットの普及で、ファンの声が耳に入りやすくなったこともあり、現在アメリカのローカライザーはファンの声を汲み上げ、要望に応える姿勢をファンに見せようとする。オリジナルに近い形で作品を出すのは、ファンだけでなく、現地のローカライザーにとっても変更・編集の手間や費用がかからないという点で望ましいことのはずなのだが、残念なことに実際はそれだけではない。

(注釈)
1『Otaku Unite!』  Central Park Media, 2006年 (監督Eric Bresler)

次ページ:<ファンの声に耳を傾けることの意味>に続く