北米のマンガ事情第10回 『セーラームーン』が北米でなぜ今売れているのか。

■ 市場の飢餓感

ただし、ノスタルジーだけではここまで売れたとは考え難い。今まで『セーラームーン』アニメを見たこともマンガを読んだことも無い人も購入にしたと考えるのが妥当だ。
この新規層の開拓には、既に絶版となったTOKYOPOP版の『セーラームーン』の入手の困難さを挙げる声もある。TOKYOPOP版は当時の市場規模としてはよく売れたものの、そもそもの発行部数がそれほど多くなかったためか、現在ではネットショップでの古本購入以外で手に入れるのは容易ではない。
もともとアメリカで熱狂的なファンがいるほどの作品なのでネット上には『セーラームーン』に関する情報が無数に存在し、アニメのコンベンションに行けば、『セーラームーン』のコスプレを見ることは現在でも稀では無い。情報だけはあっても、実際にマンガの単行本を手に入れることはとても難しいという事実が、クレジットカードを持たず、ネットで買物が出来ない子供たちにとっては、飢餓感を煽り、今回の出版で購入に走らせたという見方だ。

■ 新しいパッケージングとプロモーション

更に、出版元であるKodansha USAが新英語版出版にあたり、旧TOKYOPOP版との違いを鮮明に打ち出すことに成功したのも大きい。翻訳は新しく作りなおし、以前は英語名になっていたキャラクターの名前をオリジナルに戻した上で詳細な翻訳メモを付けた。更に表紙と中表紙を作者である武内直子氏が描きおろして、外見がまったく別の新装版にした。

それに加えて、力を入れた宣伝も功を奏したと言える。例えば、昨年秋にニューヨークで開かれたコミックスのイベントNew York Comi-Conに出典したKodansha USAのブースは『FAIRY TALE』と『セーラームーン』の2作品を前面に打ち出したものであった。Kodansha USAは『魔法先生ネギま!』など他の人気作品を出版しているが、2作品だけを集中的に宣伝することで、来場者に強く『セーラームーン』新英語版出版を印象付けることができた。

一般書店のディスプレイも特別にあつらえ、『ハリーポッター』シリーズなどで行われたような発売記念パーティーもいくつかのコミック専門店で開いている。若者向けの服やアクセサリーを扱う「HOT TOPIC」では、Tシャツや様々な関連商品の発売も始めた(5)。

以前、同じKodansha USAがその設立当初出した『攻殻機動隊 Ghost in the Shell』新英語版はまったく売れなかった。「日本のアニメやマンガがアメリカで“クール”だ思われた時代があったとしたら、それは『攻殻機動隊』や『AKIRA』の頃だ」という米ジャーナリストに会ったことがあるが、それくらいアメリカでは評価が高く、人気のある作品だ。しかしKodansha USAの新版は旧Dark Horse社版と同じ翻訳を使い、なおかつ旧版で編集によって改変されていたところもそのまま、しかも今でも購入可能な旧版よりも価格が高かったため、ファンの不評を買い売上はよくなかった。
Kodansha USAが『攻殻機動隊』と同じ轍を踏むまいと思ったかどうかは定かではないが、新英語版『セーラームーン』では明らかに宣伝に力を入れた上に、旧版とは違う付加価値を持った商品として新装版を売り出すことに成功している。

5. 「HOT TOPIC」の『セーラームーン』のページ。
http://search.hottopic.com/search?p=KK&srid=S9-6&lbc=hottopic&ts=custom&pw=sailor%20moon%20t-shirt&uid=393397580&isort=score&view=grid&w=Sailor%20Moon&rk=1

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