北米マンガ事情第9回 北米でオリジナル作品を発表するMANGA家たち

<OEL mangaというムーブメント>

日本産mangaブームが始まった当初、TOKYOPOP社は日本の新人マンガ賞を参考にして賞を設立し、多くの新人にデビューの機会を与えた。受賞作をまとめた単行本を出版し、受賞者には次回作の描きおろし単行本デビューの契約を交わし、積極的にmangaとして出版していった。
受賞者作ではないものの、北米作家によるオリジナル作品単行本として初期に出た『ドラマコン』や『Sokora Refugee』が商業的に成功したことも、その一連の出版に拍車をかけたのかもしれない。

北米では70年代から日本のmangaに影響を受けた作品は制作され、出版されていた。しかし、2000年代以前は、出版される数も少なかった上に日本産manga自体の売れ行きがふるわなかったため、大きく注目されるには至らなかった。ところが、アメリカにおいても日本同様、商業作家としてデビューするのは容易ではないにもかかわらず、mangaブームを仕掛けたTOKYOPOPから、新人賞を通して新人manga家が(アメリカのcomicsの基準から見ると)大量にデビューした。mangaブームを受けて、他の出版社も非日本産のオリジナル作品に力を入れだしたため、益々多くの新人manga家がデビューするようになった。

ブームに便乗して需要以上に多く新人がデビューした、またはプロの力量に達していない新人が多く世に出た、と嘆く人もいる。しかし、本人たちにその認識は無くとも、外から見るとオリジナルの mangaを描く一連の新人作家たちの活動は、その数が多かったことから集団的行動のようにも見え、ある種のムーブメントを起こしているように見えた。それには、彼らが年齢的にある世代に集中していた上に、ネット上で活発に発言し、積極的に他のアーティストや読者と交流していたことも大きく関係している。
そこにはcomicsというジャンルで見ても、新世代の登場とも言える動きが感じられ、その新世代の作家たちの発言には表現する手段として意識的にmangaを選んでいるという自負が感じられたのである。

mangaから更にOEL manga(Original English Language manga)という区分が派生したのには、「日本産manga至上主義」とも言える「日本産しかmangaは認めない」と言うファンの存在が大きく影響していることはしばしば指摘される。
しかし、OELmangaの作家側からも、「日本産マンガ至上主義者」からの反発を受けてもなお新しいジャンルの作品を作っている、という熱意が発信されていたのだ。つまりOEL mangaの描き手からも「自分たちの描いているものは従来のcomicsとは違う、新しい媒体mangaである」という気持ちが強くあふれていたことも、manga、そしてOEL mangaというジャンルの形成に大きく貢献していたような気がしてならない。

少し話しがずれるが、以前ある海外のmangaの研究者の方と話をしていた時に、雑談のレベルで「コミュニケーション・ツールとしてのmanga」という言葉を聞いたことがある。日本のmangaの絵は例えばフランスのBD(バンド・デシネ)の作品と比しても、とても親しみ易く(実際にどうかは別にして)自分でも描けるような気がしてしまう。
容易に描けるということは自己表現の手段として容易に使えるだけでなく、描いた自分の作品をネタに同じものが好きな人と繋がることも容易にできる、ということだ。そしてそれは世界的なmanga人気の重要な要素と考えられる。

これは日本での同人誌やpixivの状況を考えると簡単に理解できる話だが、あくまで雑談の上の話である。しかし、かねてから北米ではmangaの市場規模に比べて「mangaの描き方」の本が大量に出ていると感じていたので、頷ける点もあった。

「コミュニケーション・ツールとしてのmanga」では、描き手と読み手の距離が近い。北米の読者はネット上で作家と頻繁に交流し、OELmangaの作家の気持ちを共有していた場合も多く、OELmangaというジャンルで活動する作家の自意識を強く感じ取っていたかもしれない。

<浸透と拡散>

現在、北米ではmangaのブームは去ったと言われ、北米で制作されたオリジナルのmanga作品の出版点数も減った。そんな中気づくのは、北米において日本のマンガに影響を受けたスタイルのオリジナル作品を指すOEL mangaという言葉が、以前ほど使われなくなったことだ。代わりにglobal mangaを目にする頻度は高くなったと感じる。

OEL mangaという言葉は英語で最初に発売されたオリジナルのmangaという意味であり、英語に限定されているため使い勝手が悪いとは推測できる。しかしglobal mangaよりも限定的なOEL mangaがかつては多く使われていたことを考えると、この言葉の使用頻度の低下は、急速に盛り上がり、新しいジャンル名を必要とされた2000年代半ばから考えると、作品数が減ってジャンルとして衰退している現状を反映しているとも思える。

若干の寂しさは感じるが、もしかしたら今後mangaという言葉やOEL manga、global mangaと言った言葉はますます見る機会が減っていくかもしれない。ただしそれは日本のmangaの影響が無くなることではない。その影響はcomics全般に広がって浸透し拡散している、ということなのだ。個人的には、それはそれで悪くないことかもしれない、とも思う。