北米マンガ事情第9回 北米でオリジナル作品を発表するMANGA家たち

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-
第9回 「COMICSではなくてMANGAである― 
北米でオリジナル作品を発表するMANGA家たち」

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/


現在、日本のマンガに影響を受けた北米のmanga家に関する仕事を手伝っていて、北米において制作されたmangaについてよく考えている。

北米でmangaという言葉は、主に日本産comicsや日本産comicsの視覚的スタイルを持ったcomicsを意味するものとして使われ、comicsのひとつのジャンルを示す言葉として機能している。日本産でないmanga作品は「OEL manga (Original English Language manga)」「グローバル・マンガ(global manga)」などの呼称を与えられ、個別のジャンルとして扱おうとする動きもある。
しかしジャンルの常として、その区別の境界はかなり曖昧で、comicsなのか、graphic novelなのか、またはmangaなのか、それともOEL mangaなのか、その区別は文脈等によって恣意的に判断されている。

しかし、そもそも既にアメリカには長いcomicsの歴史も文化もあるのに、なぜmangaという言葉が受け入れられたのか。どうしてcomicsとmangaを区別する必要があったのか。今回はその理由について、北米で制作されたmangaに関する動きと共に考えてみたい。

<comicsではない。mangaである。>

以下、以前このコラムで書いたことを繰り返すが、21世紀に入ってすぐに起こった北米における日本産mangaのブームはTOKYOPOPという独立系出版社が、当時出版業界に大きな影響を持っていた大手書店チェーン、ボーダーズと協力して行った2002年のキャンペーンがきっかけとなって起こった。そのキャンペーンの宣伝文句は「100%本物のmanga」。TOKYOPOPから出た本は当時珍しかった右開きで、効果音にも手は加えられず、日本の単行本に近いサイズ、という「日本でのマンガそのまま」をセールスポイントにしたものだった。
このキャンペーンの中で、mangaという言葉は「日本でのマンガそのまま」を強調するマーケティングのための一種のバズワードとして使用されたのである。そしてそこには明確に「今までのcomicsとは違う」というニュアンスが込められていた。mangaという言葉によってある種の新奇性が強調されていたとも言える。

このキャンペーンは成功し、mangaの人気は上昇していった。つまり、「日本産のcomics」を「manga」という新商品として売り出そうとする、マーケティングとしての戦略がまずあって、その成功の結果、mangaという言葉が一般化していったのである。

しかし一方で、mangaが使用されるようになったのには、自国産と他国産を分けるジャンルとしての利便性も当然あったことは推測される。(利便性と言えば、日本でも「洋画」と「邦画」というジャンル分けは存在する。)そしてまた一方で感情的な問題にも起因するかもしれない。例えば愛国心もそのひとつだ。アメリカではポケモンが人気になった頃に、ミッキーマウスではなく、ポケモンを見て育つわが子を心配する親の懸念が表明されることもあった。

更に言うと、mangaの絵柄は従来のアメリカのcomicsと比べて異質に見えた。同じように絵とセリフとコマで物語を伝える媒体であっても、(実際にmangaとcomicsの定義をそれぞれ区別して行うのは、かなり難しいとしても)一見その絵柄から、mangaとcomicsは違うものと言われたとしても、あまり違和感はなかった。

今述べたようにマーケティング的要請に加えて、mangaとcomicsの区別に対する欲求は色々なレベルで存在した。しかし個人的に面白いと思うのは、マンガを制作する側からの要請もあったことだ。それは、北米でmangaを制作する作家たちの動きから見えたことだった。

2ページに続く   OEL mangaというムーブメント