北米マンガ事情第7回 「内向きに閉じた日本のマンガ市場」

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-
第7回「内向きに閉じた日本のマンガ市場 ‐ アイズナー賞授賞式に出席して」

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

 

アイズナー賞授賞式の会場となったヒルトン・サンディエゴ・ベイフロント(右)、左に展示会場のコンベンションセンターも見える

先月の20日から24日までアメリカのサンディエゴで行われた、コミコン・インターナショナル(San Diego Comic-Con International)、通称サンディエゴ・コミコンは世界最大のコミックスのコンベンションである。今年も大盛況で、アメリカ西海岸の小さなリゾート地サンディエゴに開催期間中15万人以上が集まったとも言われている。

そのサンディエゴ・コミコンの3日目の夜、会場近くのヒルトン・サンディエゴ・ベイフロント・ホテルで「アイズナー賞」の授賞式が行われた。アイズナー賞とは、2005年に亡くなった偉大なコミック・アーティスト、ウィル・アイズナーの名前を冠した、アメリカのコミックス業界で最も権威ある賞のひとつ。映画のアカデミー賞のコミックス版と言ったらわかりやすいかもしれない。

その授賞式は、アカデミー賞と同じように、プレゼンターが各部門のノミネート作品名を読みあげた後受賞者を発表し、壇上で受賞者にトロフィーを渡すという形式で行われる。発表の合間にはテレビによく出るコメディアンのパフォーマンスがあるなど派手な面もあるが、基本的にはコミックスの業界人が業界人を讃える賞であり 、図書館員や批評家からなる審査員グループが選んだ候補者の中から、業界で働く人々が投票で受賞者を決める。

今回、現地の出版社に勤める友人のおかげで会場内のノミネートされた候補者や関係者が座るエリアでこのアイズナー賞を見ることができた。そこで授賞式の会場で感じたことをもとに、アメリカのコミックス市場と日本のマンガ市場について書いてみたいと思う。

<アイズナー賞に無関心な日本人>

アイズナー賞は30近い部門からなる。例えば、コミックスの殿堂入りを果たした人に送られる功労賞、「ベスト作品賞」、「10代向けベスト作品賞」、「ベスト・ユーモア作品賞」、その他「ベスト・コミックス関連ジャーナリズム賞」や、日本では恐らくあり得ないだろう「ベスト・レタリング賞」や「ベスト・カラーリング賞」など、その部門は様々だ。

日本の作品で今年ノミネートされたのは4部門で6作品。

■ 「刊行中のベスト作品賞(Best Continuing Series)」部門
  - 『20世紀少年』 浦沢直樹
■ 「ベスト・アーティスト賞(Best Artist)」部門
  浦沢直樹 (『20世紀少年』)
■ 「国際部門賞-アジア(Best U.S. Edition of International Material – Asia)」部門
  - 『奇子』 手塚治虫
  - 『うさぎドロップ』 宇仁田ゆみ
  - 『酔夢 短編集』 萩尾望都
  - 『さらいや五葉』 オノナツメ
  - 『20世紀少年』 浦沢直樹
■「ベスト翻案賞 (Best Adaptation from Another Work)」部門
   - 『70億の針』 多田乃伸明

アメリカの賞であることを考えると、日本からのノミネート作品数は必ずしも少なくないかもしれない。しかし「国際部門賞」以外でノミネートされた作品や作者は極端に少なく、その中でも賞を取ったのは昨年「ノンフィクション作品賞(Best Reality-Based Work)」で受賞した辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』のみ。浦沢直樹の『20世紀少年』も、「刊行中のベスト作品賞」部門で5年連続ノミネートされていたが、今年も結局取れなかった。しかし、浦沢自身は今年「国際部門賞‐アジア」で初めてアイズナー賞を受賞した。

浦沢の受賞が発表された時、残念ながらその反応は他のアメリカの作家より薄かった。しかしノミネートされた他の日本の作家、例えば手塚治虫と比べても、突出していたように思う。ここ数年ずっとアイズナー賞授賞式に出席している知人は、浦沢への会場の声援が年々高まっているのを感じ、今までアメリカであまり売れなかった浦沢作品が、今年の後半あたりから動くようになるのではないか、と推測していた。

浦沢自身は授賞式には出席せず、アメリカで浦沢作品を出版するVIZ Mediaが代理でトロフィーを受け取った。日本での出版スケジュールや浦沢の忙しさを考えると仕方が無いことだとは思うが、浦沢が出席していないことや浦沢から直接受賞の言葉がないことは、日本人としては残念だった。

その後いくつかの発表が続き、会も終わりに近づいた頃、アカデミー賞で言えば「作品賞」に当たる部門のひとつ「ベスト・リミテッド・シリーズ賞(Best Limited Series or Storoy Arc)」 が発表された。受賞したのは『デイトリッパー(Daytripper)』。この作品を作ったのはブラジル人の双子の兄弟ファビオ・ムーン(Fabio Moon)とガブリエル・バー(Gabriel Ba)である

同作品は大手DCコミックス社の「ヴァーティゴ(Vertigo)」インプリントから出ていて、恐らく会場にはDCやヴァーティゴの関係者が数多くいたためとも思うが、ふたりへの会場からの声援は大きく、二人が業界から支持を得ている様子が伝わってきた。ふたりが行ったなまりのある英語による魅力的な受賞スピーチへの反応も見ても、ブラジル人であってもふたりがアメリカのコミックス業界から愛され、受け入れられているのが見て取れた。会場にはふたりと一緒に母親もブラジルから駆けつけていたという。

ふたりの感激のスピーチを聞きながら、浦沢との対応の違いが気になった。ブラジルに住んでいるとは言えアメリカのコミックス業界で働く作家と、日本に住み日本の市場向けに作品を作っている作家を、同じ外国人作家というだけで比べるのは無茶だとはわかっている。しかし、一方は授賞式に家族を連れてはるばるブラジルから来て、受賞を知ってほとんど泣き崩れんばかりの喜びのスピーチをした。そして、もう一方は会場にも現れていない。ノミネートを浦沢本人が知っていたかどうかも、わからない。

自分にはこの反応の違いが、あることを反映しているように思えた。それは世界のコミックス業界がアメリカのコミックスやその市場に持つ認識と、日本のマンガ業界、そして日本人一般がアメリカのコミックスやその市場に対して持つ認識の違いである。

小田切博が2007年の著作『戦争はいかにマンガを変えたか アメリカンコミックスの変貌』の中で以下のように言った状況と現在でもあまり変わっていない。

日本の読者にとって「マンガ」というメディアは国内のみで完結した文化として認識されており、海外からの影響関係は実感されないものになっている。要するに海外のマンガ、コミックスの存在は日本の読者にとって無意識に「関係ないこと」「知らなくていいこと」と判断されてしまっているのである。」(NTT出版、12ページ)

アイズナー賞に出席してわたしが感じたのは、この賞をアメリカのコミックス業界の賞だからと言って日本のマンガにとって無関係なものと認識し続けていていいのだろうか、という疑問である。そしてそれは、アメリカのコミックス業界やコミックス市場をいつまでも日本のマンガと関係ないものと考えていていいのだろうか、という疑問でもあった。

1 念のために申し添えておくと、この記事の中でわたしが「アメリカのコミックスの業界」という時、ここは主にアメリカでダイレクト・マーケットと呼ばれる流通市場で主に売られる本(TPB、グラフィックノベル、コミックブックなど)を扱う業界を指している。ただし、ここ10年ほどはこれらの本は一般書店でも流通しているので、ダイレクト・マーケットに限定しているわけではない。
2 「ベスト・リミテッド・シリーズ賞」は、乱暴にわかり易く言うと「短期集中連載シリーズ賞」のようなもの。ある期間コミックブックのシリーズものとして出版された作品をまとめた本に対して贈られる。
3 バーが絵を担当した『アンブレラ・アカデミー ~組曲「黙示録」~』は日本でも小学館集英社プロダクションから出版されている。

2ページに続く   閉じた日本のマンガ市場、開かれたアメリカのコミックス市場へ