藤津亮太のテレビとアニメの時代 第25回 プライムタイムにアニメが放送されない時代

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第25回 プライムタイムにアニメが放送されない時代。この時期の年間放送本数(タイトル)の変遷をまとめたグラフを見ればわかる通り、2000年代前半は、2006年の過去最高の放送本数に向けて右肩上がりで放送本数が増えていく時期にあたる。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第24回 00年代 テレビアニメ放映過去最高へ

2000年代 テレビアニメ放映過去最高へ 生じた「制作」と「編成」のズレ■藤津亮太
1968年生まれ。アニメ評論家。’06年は年間放送本数が306本と過去最高となる年。それに合わせて深夜アニメも増加していく6年間である。この増加局面は、さまざまな齟齬を生むことになった。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第23回 ’90年代後半の深夜アニメの変転

5年間の大半の期間で深夜アニメの半分以上がテレビ東京で放送されている。他局は、このテレビ東京に追随するかたちで、深夜枠を増やしているが、テレビ東京ほどの本数は放送していない。
 深夜枠は、玩具会社などがスポンサーとな

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第22回 深夜アニメ前史

今回から’96年以降の深夜アニメの変遷を追っていく。そのまえにまず「深夜アニメ」の大まかな流れを振り返っておこう。プライムタイムの22時台が終わって以降、つまり23時以降を「深夜帯」とする。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第21回 ’96年から’00年まで 深夜放送以外の変遷

今回は’96年から’00年までの、深夜放送以外のアニメの変遷を見たいと思う。1)夕方の再放送枠がついに消滅する。2)夕方・プライムタイムの作品の固定化が進む。3)日曜朝の番組枠が増える

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第19回 ハイターゲット作品の増加の背景

今回は’90年から’95年までのTVアニメについて検討する。藤津亮太のテレビとアニメの時代 第18回 ハイターゲット作品の増加の背景。’85年に終わったアニメブーム以降、アニメの放送本数は減少していたが

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第18回 ’80年代に起きていた変化

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第18回 ’80年代に起きていた変化。今回は少しTV欄から離れて、’80年代の再放送枠の変遷に影響を与えたであろう変化を取り上げたい。まず子供の数の変化を見てみよう。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第17回 ’80年代後半の再放送枠減少

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第17回 ’80年代後半の再放送枠減少。今回は’80年代にTVの再放送枠がどのように変化したかについて考えたい。’80年から’89年の10年間、平日(月~金)の16時から19時までの3時間にどんな番組が放送されていたかをアニメを中心に2枚の表にまとめた。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第16回 “冬の時代”のその後……

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第16回 “冬の時代”のその後…… 今回とりあげるのは’87年秋から’90年春への変化である。歴史的に見てプライムタイムの19時台に積極的にアニメを編成してきたフジテレビとテレビ朝日の数字の変化が興味深い。フジテレビが6本から4本にまで減ったのは『北斗の拳2』『魁!男塾』の後番組がアニメではなくなり

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第15回 “アニメ冬の時代”へ

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第15回 “アニメ冬の時代”へ 前回に続き’84年秋から’87年秋までの民放におけるアニメ番組の状況を表にまとめてみた。
 前回、ハイターゲット作品の比率が’83年にピークとなり、’84年にその数が減っているという状況を確認した。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第14回 アニメブームの頂点は’83年

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第14回 アニメブームの頂点は’83年 ’80年初頭のTVアニメはどのような状況にあったか。’81年から’82年にかけてハイターゲット作品が倍増し、それによって「原作付き・プライムタイム」/「オリジナル・夕方」というある種の住み分けが明確になった。前々回と前回まではそのことを具体的に番組表を見ながら確認した。今回はその後、どのように状況が推移していったかを見てみたいと思う。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第13回 「原作付き・プライムタイム」/「オリジナル・夕方」

前回、’82年を境にハイターゲット(中高生を視聴者と想定した)作品が増えているという状況を確認した。
では今回は、それが各局の中でどのように編成されているかを見ていきたい。まず’82年

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第12回 前回の訂正と、ハイターゲットアニメの増加

今回はまず ’80年代に入って、どのようにハイターゲット作品が増えていったかを確認したい。
ここで問題になるのは「ハイターゲット作品」の定義だ。これには企画段階から明確に中高生をターゲットにしている作品もあれば、企画そのものはそうではなくても、作品のストーリーやキャラクターの見せ方でそうなっているものもある。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第11回 第1次アニメブームの補足ポイント

第1次アニメブームに補足したい2つのポイント 藤津亮太 今回から本連載は’80年代編に入る。’80年代に入ってからの大きなトピックは二つある。一つは’85年の第1次アニメブーム終焉。もう一つは、’80年代後半以降の再放送枠の段階的な減少である。今後は、この二つを念頭に置きながら、番組表を見ていきたいと思う。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第10回 ’70年代「アニメ」用語の定着

前回までで70年代のTVアニメの状況を概観したので、今回は’70年代を通じて「アニメ」の用語がどのように定着してきたかを確認したいと思う。本連載でも第1回で、「アニメ」という言葉の使用歴を探ったが、今回は朝日新聞の記事中でどのように報じられてきたかを、関連記事を時系列で追いながら確認したい。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第9回’70年代の到達点としての’79年

 ’77年夏に劇場版『宇宙戦艦ヤマト』が公開され、第1次アニメブームが到来する。
ただし、’77年秋の週間放送本数が30本と高い数字をマークしているのに対し、’78年春から’80年秋まではそれよりもやや少ない20本台半ばで推移している。とはいえ’76年春まで放送本数はそもそも20本を超えることがなかったことを考えると

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第8回アニメブームの始まり

7月5日に都内で『アニメの門 場外乱闘編』と題する小さなトークイベントを行った。第7回となる今回は「極私的アニメブーム論」というテーマ。’80年前後に盛り上がった「第1次アニメブーム」の始まりと終わりについて語り合った。
トークでまず話題にしたのは「アニメブームの始まりをどこに設定するか」ということ。

藤津亮太のテレビとアニメの時代 第7回 日本テレビの再放送枠

第7回 作品の掘り起こしにつながった日本テレビの再放送枠 藤津亮太 前回はNET(テレビ朝日)が、魔法少女ものをはじめ、現在放送中の作品に関連づけて夕方の再放送を編成している状況を確認した。そして、一つのシリーズの過去作が幅広い世代に「自分の世代のアニメ」として受け止められる効果と、最新作が同時に放映される状況が、視聴者に「歴史の意識」を喚起させるという状況を振り返った。