「チベット犬物語」に見る アニメ制作の新しい日中関係

文: 伊藤裕美、オフィスH

日中共同制作長編アニメーション『チベット犬物語』、中国公開
日中映像交流事業「アニメ・フェスティバル」が11月北京と上海で開催

北京の日本映画、テレビ、アニメ関連展で、『チベット犬物語』制作関係者と和泉將一氏(左)

 長編アニメーションの本格的な日中共同制作第一号となる『The Tibetan Dog』(仮題:チベット犬物語、小島正幸監督)が7月15日から中国で公開されている。映画館では、涙を流す“おとな”の観客が相次いだという。
 6月に開催された世界最大規模のアニメーション映画祭「アヌシー」では、コンペティションの長編部門にノミネートされた。そのスクリーニングに立ち会った、マッドハウス北京の総経理、和泉將一氏は「エンドロールでの長い拍手だけでなく、観客が本編中に泣いたり笑ったりしたのに驚くと共に、中国テーマの日中合作を欧米の観衆が評価してくれたのが嬉しかった。アヌシーに来られなかった小島監督やプロデューサーの丸山正雄氏と“あの瞬間”を共有できなかったのは残念」と語る。

 2000年代のヨーロッパは映画祭が長編アニメーションに力を入れ、劇場公開が活況を示す。それにもかかわらず、ジブリ作品以外の日本製アニメーションは現地で伸び悩む。『チベット犬物語』はアヌシーで09年に制作発表したこともあり、フランスで定評ある配給会社ゲベカとの間で、来年のフランス公開の話し合いが進む。
 市場参入が難しいことでは中国も同様だ。そこで、欧米は国際共同制作によるアプローチを強める。市場参入や拡大といった資金回収面、あるいは資金調達面で国際共同制作は世界的な常識となってきた。和泉氏が各国の作り手のエネルギーを強く感じたというアヌシーでも、「日本のアニメ業界よりも欧米の方が、中国との共同制作を視野に入れ、実際にアクションを起こしている」。

 ■ 日中映像交流事業でも、中国側から「産業協力」への期待感

 今年、日本と中国両政府は、「映画、アニメ週間」と「アニメ・フェスティバル」という映像交流事業を開催している。日本が中国で行う事業には、6月に北京と上海で開催された「日本映画週間」に加え、11月に北京と上海で「日本アニメ・フェスティバル」がある。そこでは、日本アニメの上映、配信、アニソンコンサートや日中間の人材育成やアニメーションの流通拡大を議論するパネルディスカッションが計画されている。
 中国でもネット人口が急伸し、ネット配信は大きな目玉となるだろうと、交流事業を推進する経済産業省商務情報政策局メディア・コンテンツ課の国際係長、草深志保理氏は語る。

北京の日中映像交流事業開幕式典で、麻生太郎総理特使、温家宝中華人民共和国首相と北京日本人学校の子供たち

 6月には北京で開幕事業が行われ、日本から麻生太郎総理特使、山田洋次監督、小林政広監督、俳優の仲代達也氏、松坂慶子氏ら、中国からは温家宝首相ら、約500名が開幕式典に出席した。
 温家宝首相は、麻生特使一行との会見で「アニメは、特に若い人々に好まれる。映画やアニメにおける交流や協力を強化することは、文化交流、人的往来、産業協力を促進し、両国国民の相互理解や相互信頼を増進する」と、従来の文化交流から一歩踏み込んだ「産業協力」に言及した。これまでも両国間では民間レベルでの交流が進んでいたが、今後両国は映像分野における協力やビジネスの拡大において、政府レベルでも戦略的互恵関係の具体化を目指す。

 中国国家博物館での日本映画、テレビ、アニメ関連展示会では、『チベット犬物語』も出展された。草深氏は、「国際共同制作は市場参入という意味で非常に重要なツールと見ている。中国のように、参入規制の厳しい国においては共同制作と外国製では扱いが異なる。日本政府としても、アニメーションを含む映画の国際共同制作を推進しようとしている」と語る。
 『チベット犬物語』は、日本のマッドハウスが、中国のベストセラー小説から企画し、中国電影集団に提案、両国合作となった。日本と中国の制作分担を大まかに分けると、企画開発と原画を日本が、動画と仕上げをマッドハウス北京の提携先である、中国の慈文紫光(無錫)が行った。
 マッドハウス北京で、マッドハウスと中国側の共同制作パートナーである中国電影集団との間で制作コーディネートを担った和泉氏によると、「チベットの景色や衣装、小道具をリサーチし、リアルに描写する苦心するだけでなく、国際共同制作に伴う苦労もあった。中でも、両国の商習慣の違いや中国での制作体制の構築は課題」であった。日本のマッドハウスから独立したマッドハウス北京は「Chinimation」というスローガンの下、「中国で、中国人と、中国の題材」の企画制作を目指す。すでに次回作としてテレビシリーズと劇場公開作品の準備に入っている。

 ヨーロッパそして中国でも、“アニメはこどものもの”という意識が残る。しかし、観客あるいは産業自体が既成概念を変えつつある。これは、コアなファンに留まらず、幅広い観客層を取り込んできた日本にとって好機であろう。中国は、安価な制作基地に留まらず、無視できない市場に成長した。「日本企業は無理をせず、中国市場の成熟度を見極めて進出すると良いだろう。先行者メリットを享受できる体力や長期的視点を持つ企業が有利」と和泉氏は分析する。
 『チベット犬物語』の上々の滑り出しを受け、「中国の国産でも輸入作品でもない、国際共同制作という手法の有効性」を和泉氏は指摘する。70カ国からアニメーション関係者が集ったアヌシーで「こういう人たちと作りたい」と感じたという和泉氏は、「“ジャパニメーションを世界に!”だけではなく、“世界と!”というかけ声もあっていい」と言う。「資金調達と回収計画だけではなく、クリエイティブ面でも文化の違いが刺激し合い、新しいテイストの作品を企画する、あるいは偶発的に生み出せる点」と、国際共同制作のメリットを和泉氏は挙げる。『チベット犬物語』のスタッフが経た経験がこれから日中間のアニメーション制作交流に活かされることを期待したい。