文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-第5回「アメリカmanga市場における固有の文脈」

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-
第5回「アメリカmanga市場における固有の文脈-辰巳ヨシヒロ作品と少女マンガ」

椎名 ゆかり
アニメ、マンガ関連の翻訳者で、海外マンガを紹介する様々な仕事を行っている。アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業を開始した。
主なクライアントは講談社『モーニング』で連載を持つフェリーぺ・スミス。翻訳書はアメリカのマンガ『メガトーキョー』他。
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

前回のコラム「辰巳ヨシヒロの『劇画漂流』のプロモーションについて考える」1で、アメリカにおける辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』のプロモーションと受容について書かせていただいたが、そのちょうど1週間後、アメリカのmanga関連のブログに興味深い記事2が掲載された。そこで前回のコラムの要点を捕捉する意味で、今回まずその記事について取り上げてみたい。

掲載したのは辛口の評論を載せることで知られるブログで、「辰巳ヨシヒロを再考する」と題されたその記事の論点は「アメリカで辰巳ヨシヒロは過大評価されているのではないか?」というものである。

記事のコメント欄には賛同、反論を含めてたくさんの意見が寄せられているが、個人的に面白いと思ったのは、アメリカのコミックス批評誌『コミックス・ジャーナル』3にも寄稿するビル・ランダール(Bill Randall)によるコメントだった。ランダールによると英語圏での辰巳の評価の問題は、「マーケティング」と「文脈の欠如」に起因する。要約すると、辰巳の北米での出版元であるD&Q社は、辰巳作品を「劇画」として上手くプロモーションし、それは「マーケティング」として成功したが、アメリカでは日本での「劇画」そのものの歴史が紹介されていない上、他の作家による劇画作品がほとんど出版されていないので、辰巳を適切に評価するための「文脈」が北米では欠如している。

前回もとりあげたように、辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』は、北米のオルタナティブ・コミックスの文脈に沿ってプロモーションが行われ、そのジャンルの本の売上として考えると、十分にヒットとしたと言える。日本の他の人気manga、例えば『NARUTO』とは比べられないが 、その数字には出版社側も満足だろう。

ここでわたしは、「劇画」としての『劇画漂流』のマーケティングが成功した一方で、実際の劇画やその歴史が紹介されていないことで、その作品が北米で「過大評価」されたというランダールの意見が正しいと言いたいわけではない。「辰巳ヨシヒロを再考する」という記事とランダールのコメントをここで取り上げた理由は、それらがマンガという商品を海外で売る際に、重要な点をいくつか示唆しているように思われるからである。

そのひとつは、日本で『劇画漂流』を理解する上で重要な「劇画」にまつわる文脈が、必ずしも作品と一緒にアメリカに“輸入”されたわけではなく、現地で新たな文脈が与えられた、という点だ。つまり、日本での文化的、歴史的文脈はそのまま持ち込まれず、現地でのオルタナティブ・コミックスの文化的、歴史的文脈に合う形でプロモーションが行われ、作品は「過大評価」という意見が出るほど高く評価された。そして結果的に見ると、そのほうが辰巳作品の宣伝として有効だった可能性が高い。

これも前回書いたことだが、私自身は「そもそも日本の作品だからと言って、アメリカでもその作品が日本と同じように評価される必要は無い」と思っている。アメリカで出版される場合には、アメリカで日本とは違う評価軸が持たれても仕方無いし、それはある意味当然のことだ。

ランダールの言うように、『劇画漂流』は「劇画」として紹介されながら、「日本での劇画の歴史」はアメリカできちんと紹介されなかったかもしれない。そしてそれが辰巳に対する評価の混乱につながったかもしれない。しかしアメリカでオルタナティブ・コミックスの文脈と関連づけてプロモーションされたことが、『劇画漂流』への読者の興味と理解を促したことは事実であり、そのこと自体に問題があるとは思えない。

わたしは個人的に『劇画漂流』は、アメリカにおいて届くべき読者に届いた幸福な本だと思っている。「届くべき読者に届く」とは抽象的な言い方だが、少なくとも『劇画漂流』を楽しむ可能性のある読者に、そのプロモーションによって作品がちゃんと誘導され、本を手にとってもらうことができた。「商品」としても「創作物」としても、mangaをひとりでも多くの読者に作品を読んでもらうことこそが重要だと考えると、幸福な出版のされ方をしたとも言える。

そしてそれはまさに、作品をどうプレゼンテーションするか、どうマーケティングするかの問題なのであり、その点でD&Q社は自分たちの読者を正しく理解していたとも言えるだろう。

1 http://www.animeanime.biz/all/112151/
2  “Reconsidering Tatsumi” Ng Suat Tong, February, 21, 2011, the Hooded Utilitarian http://hoodedutilitarian.com/2011/02/reconsidering-tatsumi/
3 ”The Comics Journal” http://www.tcj.com/

2ページアメリカにおけるshoujo manga(少女マンガ)