「中国アニメ講演旅行で感じたこと」 氷川竜介

文: 氷川竜介(アニメ評論家)

    中国アニメ講演旅行で感じたこと



■ 海外へ日本のアニメ文化の特徴を伝える

上海環球金融中心(地上492メートル)から見下ろした上海の街。SFアニメに登場する未来都市のような圧倒的な風景が拡がる。

 「近くて遠い国」という印象のある中国。特にアニメ関係は、実態がなかなか見えにくい。やはり現地に立ってみて見聞を通じて考えることが大事ではないか。そんな想いも抱きつつ、国際交流基金による日本文化紹介派遣事業として中国主要4都市(上海、重慶、広州、香港)で日本のアニメ文化に関する講演を行った。2011年の11月末から9日間の日程でアニメーション学科や日本語学科の大学生を中心に2時間程度のプレゼンテーションと質疑をする。広州では350人以上が集まりテレビ取材が入るなど、日本のアニメに関する関心の大きさが手応えとして実感できた。
 講演の題材は、2010年に劇場版が公開された記憶も新しい『イヴの時間』である。作者の吉浦康裕監督は新作準備中で多忙だったが、それにも関わらず多大な協力が得られ、上海と重慶では講演者として登壇していただくことができた。残り2都市についても監督からのビデオメッセージを流した後に制作素材を使って氷川が解説を引き継ぐことで、濃厚で奥の深い話ができたと思う。
 実を言うと、作品選定には自分なりに知恵を絞った。海外で認知されている「日本のアニメ文化」と言えば、すぐ連想されるのが「萌え」「美少女」「声優」「コスプレ」などのキーワードであろう。もしくは「エロス&バイオレンス」「ヘンタイ」という要素になるはずだ。それらに関してはインターネットを通じて充分に拡散している。
 せっかく自分が話をするからには、別の角度からにしたいと思った。ならば自分が日頃から追求している「日本アニメ文化の特質」、つまり技術が物語とテーマに密接に結びつくことで独自の映像表現を形成しているという話を解説した方が良いだろう。そこまで考えたとき、何度かトークショーをともにした吉浦監督のことが浮かんだのである。
 このチョイスの最大のメリットは、Web配信版の第1話(15分)を丸ごと上映してから講演ができることにある。2009年のSF大会でもやってみたことがあり、映像を添えることで話の見通しが圧倒的によくなって深みも出ることは保障済みである。

■ 21世紀以後の状況を象徴する作品

 それだけではない。『イヴの時間』という作品は、「日本のアニメ文化」の先鋭的な部分を代表しているのである。
 初出は2008年のインターネット有料動画サイトで、テレビ放送や映画館上映とは違った形式のインディーズ作品である。全6話シリーズの配信後、再編集・再レンダリングに新作を追加して劇場版が制作された。こうした新規性の強い公開形式は、に21世紀以降のブロードバンド時代を前提としたメディアがあってこそ成立したものである。
 吉浦康裕監督の作家性については、自らが物語を書いてドラマを練りあげたうえで演出し、CGやデジカメ写真を積極的に取りこんで映像を構成し、音響面まで総合的に作品の世界観を作りあげていくという、トータリティが魅力の核にある。これも全面的にデジタル化された映像制作環境の進化が可能にしたことである。
 そして注目すべきは、この種のデジタル環境の激変期と共鳴したような物語内容である。『イヴの時間』はアンドロイドが家庭内にはいってきた未来に起きる騒動を、喫茶店を固定的な舞台にしてコメディタッチで描いた作品だ。その奥に「人間と機械」の軋轢と協調という主題が潜んでいるが、それは2010年にパソコンやケータイなどさまざまなデジタルツールに暮らす日本人の生活実感に重なる。さらに人の手が描いた2D作画と機械が出力する3DCGの融合という、作品制作の技法にもシンクロしている。
 こうした要素すべてが有機的に結びついた本作は、いま現在の「日本のアニメ文化」を象徴している。こうした先端的な事象の機微は、なかなか完成映像だけでは見えにくいことだし、雑誌や放送メディア、あるいはネット経由でも充分には届かないだろう。であれば、人間が肉声で伝える講演という形式にもメリットが出てくる。
 吉浦監督という作家は、まだ30歳。間違いなくこれから世界的な作品をものにする才能を紹介することにも文化交流的な意味があると、そんな願いを秘めつつ『イヴの時間』とそのメイキングを中国の若い方に紹介した。

講演を行う筆者。
講演を行う筆者。

写真いずれも[撮影:氷川竜介]

2ページ/「CGと手描きを融合させる努力」、「芸術と技術のハイブリッド」へ続く