藤津亮太のテレビとアニメの時代 第20回 アニメの分岐点

藤津亮太のテレビとアニメの時代
第20回 アニメの分岐点

藤津亮太
1968年生まれ。アニメ評論家。
編集者などを経て、2000年よりフリーに。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)。編著に『ガンダムの現場から』(キネマ旬報社)など。アニメ雑誌、そのほか各種媒体で執筆中。
ブログ:藤津亮太の 「只今徐行運転中」 http://blog.livedoor.jp/personap21/


 前回で’94年ごろから、再びハイターゲット作品が増えてきた傾向を確認した。
 ’90年代に入ってからの放送本数は’93年を除けば、80本台で推移、プライムタイムの放送本数は減少傾向にある中、ハイターゲット作品が少しずつ増えていく。
 それは’88年後半に増えたキッズアニメが少し上の年齢層へと転換していく変化が基本にあるのだが、それと連動しつつ別の動きもこの時期に起きている。
 それは’96年以降から本格的に始まる「深夜アニメ」の予兆ともいえるものだ。
 きっかけの一つは『無責任タイラー』(’93)。これは富士見ファンタジア文庫より’89年にリリースされた『宇宙一の無責任男』(吉岡平)より始まる小説シリーズのアニメ化。いわゆるライトノベルのTVアニメ化としては極初期のものになる。
 この作品の企画はタイラープロジェクト(キングレコード、バップ、メディアリング)。プロデューサーはタイラープロジェクトのほかに、TV局(テレビせとうち)、広告代理店(ビッグウエスト)、制作会社(タツノコプロ)から立っている。
 タイラープロジェクトの参加三社はビデオ・音楽メーカーとゲームメーカー。企画となっていることから、この3社が主導となって、スタートしたと思われる。TV局やTVの放送枠を抑えている広告代理店ではなく、メーカー主導のアニメ企画というのは、この後深夜アニメとなって増えていく。
 この『タイラー』のヒットを見てOVAからTVシリーズへとメディアを変更したのが『BLUE SEED』(’94)だ。「コミックガンマ」というマニア系マンガ誌に掲載された『碧奇魂ブルーシード』(高田裕三)のアニメ化。このあたりからビデオグラムのセールスを前提としたマニア向け企画が立ち上がってくることになる。
 プロデューサーとしてクレジットされているのはテレビ東京の岩田圭介とASATSU-DKの杉山豊。NASはASATSU-DKの子会社なので、企画としてクレジットされているBSProjectの中に、NASが加わっているのではないか。
 このように90年代前半は製作委員会方式が次第に整っていく時代でもあり、『BLUESEED』の成功が次の『新世紀エヴァンゲリオン』(’95)という大ヒット作につながることとなる。『エヴァ』の企画はProjectEVA。この企画の主体に実体はなかったというが、『エヴァ』はビジネスの枠組みとしては製作委員会方式を採用した極初期の作品といわれている。
 この流れと併走して『銀河戦国群雄伝ライ』(’94)がアニメ化されている。こちらは製作はTV東京とその関連会社でビジネス的な枠組みは異なるが、マニア系マンガ誌(「月刊コミックコンプ」後に「月刊電撃コミックGAO!」)で連載されていた真鍋譲治のマンガをアニメ化したものだ。
 以上で取り上げた作品に萌芽が見られる大まかな傾向を改めてまとめると次のようになる。

・旧来の大手出版社による少年マンガ誌・少女マンガ誌ではないマニアックなファンのいる媒体に原作を求めること。
・それをビデオグラムメーカーが中心となって映像化すること。
・メディアミックスを利用して作品を盛り上げること。

 なお’91年に創刊された新マンガ雑誌『少年ガンガン』からもこの時期、『南国少年パプアくん』(’92)、『魔法陣グルグル』(’94)がアニメ化されており、低年齢層向けではあるが広い意味では「マニアックな媒体の作品」ということもできるだろう。
 ポイントは、こうした新しいタイプのマニアックな作品はテレビ東京の夕方枠で放送されているということである。
 例外は先述した低年齢層向けの『南国少年パプワくん』(テレビ朝日、土曜日19:30)、『魔法陣グルグル』(テレビ朝日、木曜日19:30)だけである。
 テレビ東京がステーションカラーとしてアニメを意識し、力を積極的に入れるようになるのは、『エヴァ』(’95、劇場版が’97)と『ポケットモンスター』(’97)の大ブーム以降のこと。
 メーカーが主導をとりはじめたこれらの時期にテレビ東京に作品が集まったのは、テレビ東京の放送枠の値段と製作サイドの予算がほどよく折り合ったからだろう。
 ほか3局の民放とは金額の点でも視聴率の点でも折り合わなくても、テレビ東京にとってはメリットある企画というのが、これらマニアックなアニメだったのだろう。
 これはテレビ黎明期に視聴率的に苦戦したフジテレビがアニメに力を入れ、教育局からの転換後にテレビ朝日がロボットアニメを多く放送したことと同種の出来事といえる。

 『ライ』の後番組はライトノベルの代名詞的ヒット作『スレイヤーズ』(’95)、さらに後には『神秘の世界エルハザード』(’95)と続いていく。『神秘の世界エルハザード』は’95年からリリースされたOVAをTVアニメ化したもので、『BLUESEED』の企画の変更とともに、OVAからTVアニメに軸足がうつりつつあることが実感できる。
 また’95年には、セクシーな描写も売り物の一つであったライトノベル『爆れつハンター』(’95)もアニメ化されて放送を開始する。

 ’83年にピークを迎えたアニメブームは、その洗礼を受けたさまざまなクリエイターや読者を生み出した。’85年にアニメブームが終わった後、アニメブームの中で培われた「アニメっぽいセンス」はOVAだけではなく、むしろマンガやライトノベルなどの中に生き延びることになった。
 そこにさらに’80年代半ばから勃興してきたゲーム文化も加わることになった。
 そして他ジャンルで養われた「アニメっぽいセンス」の作品がふたたびアニメそのものに帰ってきたのが、’93年~’95年の出来事だったのである。
 ただ一方でTV(特にフジテレビと日本テレビ)は視聴率競争で過去以上にしのぎを削っており、夕方枠やましてプライムタイムでマニアックなマンガをアニメにするのは不可能であった。
 そこで受け皿となったのがテレビ東京というわけだ。U局が現在ほど増える以前のテレビ東京のポジションは現在よりもマイナーであった。
 「昔のアニメに比べ、今のアニメはマニアックになった」というような発言が聞かれることがある。もしその分岐点をさがすとすると、テレビ東京でマニアックな匂いの作品が放送されるようになった’93年~’95年の時期であったと考えることができる。

 次回は深夜アニメをのぞいた’90年代の後半のTVアニメの状況を総覧してみたい。

’90年から’95年までのTVアニメ番組放送状況
 

■上記表はクリックで拡大します。
(第19回掲載分の再掲)