文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-第1回「北米市場規模と現在の状況」

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情- 
第1回「北米市場規模と現在の状況」


椎名 ゆかり
アニメ、マンガ関連の翻訳者で、海外マンガを紹介する様々な仕事を行っている。アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業を開始した。
主なクライアントは講談社『モーニング』で連載を持つフェリーぺ・スミス。翻訳書はアメリカのマンガ『メガトーキョー』他。
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/



この連載では基本的に毎回、北米におけるマンガ1市場を過去から最新の状況まで、幅広く取り上げていくつもりである。第1回目はマンガの市場規模と現在の状況について、簡単におさらいをするつもりで書いてみたい。

北米全体で見ると、日本産マンガを主とする「manga(マンガ)」というカテゴリーの市場は、小さいニッチ市場である。2009年、その売上は推定1億4千万ドル。北米産のスーパーヒーロー作品などのコミックスとマンガの市場を合わせると全体で6億8千万ドルになるが、2009年の北米での音楽、DVD、書籍、ゲームソフト、映画興行収入はすべて売上が100億ドルを超えていることを考えると、その小ささがわかってもらえると思う2

ちなみに2009年の日本におけるマンガの市場規模は4187億円。北米のマンガ市場を日本円に換算すると(2009年年間平均為替レートを仮に1ドル93円として)130.2億円。日本のマンガの市場規模が例外的に大きいとしても、4187億円の3%強にしかならず、その差は驚くほど大きい。

ご存知の方には今更の事実だが、北米でマンガの売上は、ここ数年激しく落ち込んでいる。もちろん、売上が低下したからと言って人気が下がったと断言するつもりはないが、北米の業界では「マンガのブームは終わった」と言う認識が広がっているようだ。

北米のマンガ売上は、過去5年間以下の表のように推移している3



北米で本格的に日本産マンガが売れ出したのが2002年。その年の売上は6千万ドルだった。その頃と比べると2009年の売上でも2倍以上あるが、現在のところ一番売上が多かった2007年と比べると昨年2009年は約33%も落ち込み、ピーク時のほぼ3分の2になった。そして現在の見通しでは2010年の売上も更に下がると予想されている。

ただし、北米でも2007年以降の不況が経済に大きな影響を及ぼしているので、マンガの売上にその影響がないとは考え難い。しかし、北米産のコミックブックの売上は2007年が3億3千万ドル、2009年には3億1千万ドルで、減少しているものの、その低下はほぼ6%に留まっている。書籍全体の同時期の売上で見ても約4%の減少で4、マンガの33%と比べるとその下げ幅は著しく低い。北米ではマンガ読者の年齢が若い層に集中していると言われるので、不況の影響を特に強く受けたと見ることもできそうだが、それでもその差は大きい。

結局、21世紀に入って北米で起こった日本産マンガの人気は一時のブームにすぎず、そのブームは既に終わってしまったのだろうか。そして売上はこれから落ちる一方なのか。それとも一定数のファンを持つニッチな娯楽として北米に定着したのか。これらの答えを得るには、これからも市場の動向を追っていくしかない。

だがしかし少なくとも、マンガだから売れるという考えや、マンガであること強調して積極的に売り込みたい、とする風潮は市場にはもう感じられなくなった。むしろ売る側にはマンガという言葉を前面に出そうとしなくなっている傾向すらある。

例えば、あるアメリカ人マンガ家のコメントを引用してみよう。アメリカでマンガを出版するトーキョーポップ(Tokyopop)から日本マンガのスタイルを持った作品でデビューし、トーキョーポップの野心的な試みとして新聞連載も行っていた彼女は、連載作品が終了した後、何度も売り込みを断られた経験について次のように語った。

「アートのエージェントはわたしに言った。あなたの絵は十分プロとしてやっていけるほど素晴らしいが、“マンガ”的な絵柄に対する需要はないので売ることができない。出版社や本のエージェントはわたしの作ったストーリーを楽しんでくれたが、またも“マンガ”的な絵柄のせいで断られた。ようやくみんなの言いたいことがわかってきた。結局絵柄を変えるか、死ぬしかないのだ。5

2002年以降、日本産マンガが北米で人気が出るにつれ、視覚的に日本マンガに近いスタイルで作品を描くアーティストが北米にも増えてきていた。しかし、最近は「マンガ」スタイルのオリジナルの作品を受け入れる出版社は極端に減っている。

2に続く

1 この連載で「マンガ」と言うときは、基本的に「日本産のマンガ」を指す。「日本産マンガの視覚的スタイルを持つ非日本産コミックス」を指すこともあるが、その場合はその旨を記す。
2 Icv2 “Internal Correspondence : Graphic Novels, Movies, and TV” #73 September 2010 p.4
「音楽、ビデオ、書籍の市場規模がすべて100億ドルを超えている」というのは上記ICv2からの引用だが、他の北米の娯楽産業の2009年市場規模の統計資料のは以下の通り。
音楽(デジタル&パッケージ) 76.9億ドル (Nielsen)、ゲームソフト105億ドル(NPD )、DVD(パッケージ) 174 億ドル(ADAMS)、映画(興行収入)106億ドル (MPAA)、書籍(あらゆる販売流通を含む)239億ドル(AAP)。
3 Icv2 “Internal Correspondence : Graphic Novels, Movies, and TV” #71, June 2010 p.5
4 ”The Association of American Publishers – Industry Statistics 2009”   http://www.publishers.org/main/IndustryStats/indStats_02.htm 2010年11月13日アクセス。 
5 リンゼイ・シボス(Lindsay Chibos)によるコメント。
“Manga is not a dirty word…” 
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http://www.wordsthatstay.com/?p=253&cpage=2#comment-251> November 6, 2010