40年目に中東で復活! 円谷特撮「アイゼンボーグ」新プロジェクトの真相を聞く

1977年に放送された円谷プロダクション制作のヒーロー番組『恐竜大戦争アイゼンボーグ』。特撮とアニメを組み合わせた意欲的な内容だが、近年は知る人ぞ知る作品となっていた。その『アイゼンボーグ』が2017年末にスペシャル番組『帰ってきたアイゼンボーグ』として40年ぶりに復活! しかも日本ではなく中東で! というサプライズ付きだ。湾岸諸国を中心に中東では1980年代から『アイゼンボーグ』が放送され、国民的な人気を博しているという。そして今回の復活プロジェクトを実現へとこぎつけたのは、あるサウジアラビア人兄弟の並々ならぬ情熱だった。

今回お話をうかがったのは、アブドルアズィーズ・アルフレイフ氏(以下「アズィーズ」氏)。以前はサウジアラビア大使館に勤務し、日本語も堪能で、何より『アイゼンボーグ』の大ファンという人物だ。そのアズィーズ氏が現在所属する「カルチャーズファクトリー」の中川広一郎氏にも同席いただき、今回の復活プロジェクトの内幕から、『アイゼンボーグ』の中東での人気ぶり、そして実際にオイルマネーの影響があったのか? など幅広く語ってもらった。

番組の日本語版はYouTubeの円谷プロの公式チャンネルでYouTubeで配信中。記事と合わせてこちらもチェックしてみてほしい。

【取材・文 野口智弘】

――そもそもアズィーズさんが今回のプロジェクトに取り組んだきっかけは?

アズィーズ
2014年に円谷プロの方々とドバイの「IGNコンベンション」(アメリカのゲームメディア「IGN」が毎年中東で行うイベント)でお会いしたのが最初になります。そこに円谷プロがブースを出していたんですね。『アイゼンボーグ』の中東人気を確かめる目的もあったそうです。当時の大岡新一社長(現在は同社相談役)もいらして、名刺交換させてもらったのが最初です。私はすでに日本で働いていて、イベント後はまた日本で仕事をしてたんですけど、サウジアラビアにいる兄のジャッラーハが「円谷プロと『アイゼンボーグ』のプロジェクトを動かしたい」という強い熱意を持っていまして、円谷プロに正式に交渉をスタートするところから始まりました。

――あらかじめ整理させてください。いまお話に出た兄のジャッラーハ・アルフレイフさんが今回「企画原案」とクレジットされていて、復活プロジェクトの中心人物ですよね。そしていまお話いただいている弟のアズィーズさんと、アズィーズさんが勤める日本の会社「カルチャーズファクトリー」が窓口となって、円谷プロに交渉していったという流れでよろしいですか?

アズィーズ
そうですね。最初は中東向けにテレビシリーズを新しく作りたいという希望もあったんですが、やはり予算的に難しいので、まず『アイゼンボーグ』と日本の特撮文化を紹介するドキュメンタリーを作ろうということになりました。

――それが先日中東で放送された番組『帰ってきたアイゼンボーグ』ですね。

アズィーズ
はい。ドキュメンタリーだけだとエンターテインメント性が薄いかもしれないので、『アイゼンボーグ』の新しい映像を盛り込みたいとジャッラーハが提案しまして、円谷プロにも「それはぜひやりましょう」と言っていただいて、プロジェクトの大枠が決まった形です。

――番組制作はいつごろ?

アズィーズ
企画の立ち上げと交渉を始めたのは2015年です。2016年にドキュメンタリーパートと、新撮パートの撮影が行われました。その後も中東での放送に向け準備していきまして、1977年の『アイゼンボーグ』の日本放送から、ちょうど40周年にあたる2017年に中東の子供向けチャンネル「スペーストゥーン」で放送することができました。もしかしたらこの話を10年前に円谷プロに打診してもダメだったかもしれないですね。円谷プロも中東に興味を持たれていたタイミングで私たちがコンタクトを取ったので、とてもいい巡り合わせだったと思います。

――放送後の現地の反応は?

アズィーズ
すごかったです。いろんな方がジャッラーハや私にメッセージを送ってくれました。「あれを見て涙を流した」「『アイゼンボーグ』がまったく変わらずに蘇った」とか、ポジティブなリアクションが本当に多かったです。同時に日本の方からもSNSで反響がありまして「やっぱり日本にもファンはたくさんいるんだ」とあらためて気づかされて、とても心強く感じています。

――日本と中東をまたぐプロジェクトでしたが、とくにどんな点が大変でしたか?

アズィーズ
今回のチャレンジでまず大変だったのは、中東向けということですね。

――現地に合わせるローカライズの問題ですか?

アズィーズ
いえ、そうではなくて我々中東のファンが『アイゼンボーグ』の何が好きだったのかをしっかり考えないといけない。いまの円谷プロの映像の作り方と、40年前の『アイゼンボーグ』の作り方もまったく違いますから、どうやって昔のイメージに合わせていくかというすり合わせを何度も何度もしていきました。

中川
彼のお兄さんのジャッラーハさんがとにかく熱心なファンなんですね。「あの話数のあの監督さんのここがいい」とか日本人スタッフの名前をものすごく覚えていて、私もびっくりしました。それでジャッラーハさんが「ここは当時のこれで」って指定をくれるんですけど、日本サイドの方がむしろ知らないぐらいなんですよね。円谷プロにも当時を知る人は少ないですし。

アズィーズ
兄がサウジアラビアで『アイゼンボーグ』の情報を調べていたときも、とても苦労していました。やっぱりウルトラシリーズより情報はすごく少ないですし、まず中東ではタイトルから違うんです。日本語に訳すと鉄の男=アイアンマンというタイトルで、普通に検索したらマーベルの『アイアンマン』しか出ないじゃないですか。だからまず「日本では『アイゼンボーグ』というタイトルなんだ」というところから始めて、何年もかけて情報を集めていきました。その兄がサウジアラビアでは一番詳しくて、何が面白かったのかを一番考えている。だから交渉でも「中東のファンの気持ちがわかっている兄の意見を信じてください」とお願いすることが多かったです。

アズィーズ氏にお話を聞いたカルチャーズファクトリーにて。中東へのビジネスを手がけるだけに、グレンダイザーも中東のスカーフ姿

――もしかしたら日本のファン以上に思い入れが強いかもしれないですね。アニメパート以上に特撮パートの再現が大変そうですが、こちらはどうでしたか?

アズィーズ
新しく撮影すると言っても、まず当時のものが残ってなかったんです。アイゼンボー(主役の巨大ヒーロー)のスーツや敵キャラ、メカも作らないといけない。でもアイゼンI号とアイゼンII号(主人公側の戦闘メカ)は当時のものが円谷プロに残っていたので、そのふたつは少し直して40年前のものを使うことができました。いずれにしてもスーツは作り直さないといけない。最初は円谷プロから現代風にアレンジしたデザインプランもいただいたんです。でもジャッラーハに見せたらすぐ「NO」と(苦笑)。

――あの『アイゼンボーグ』じゃないと(笑)。

アズィーズ
「私たちが熱狂したあの『アイゼンボーグ』を復活させたいんです」というのは今回どうしてもお願いしたいポイントでした。兄の意見を伝える私としても、難しい交渉かなと思っていたんですが、ありがたいことに円谷プロも理解してくださって、可能な限りオリジナルに近い『アイゼンボーグ』を復活させることができたと思います。

――日本人から見ても、オリジナルに忠実な新作映像だと感じました。

アズィーズ
ありがとうございます。私たちが考える特撮はミニチュアや本物の爆発があるイメージなんですね。いまはCGが欠かせないことは理解していますが、そういうスタイルだとあの『アイゼンボーグ』の雰囲気とちょっと違う。いまのスタッフだけだと昔の特撮でわからないことも多いので、円谷プロが当時の特撮スタッフを呼んでくださって、彼らに監修してもらって、いまのスタッフが撮影する体制を組んでいただきました。アクションも当時のアイゼンボーを演じていた、二家本辰巳(にかもと・たつみ/スーツアクター・殺陣師)さんご本人に監修してもらっています。

――当時のスタッフの方々はドキュメンタリーパートにも出演されていますが、60代から70代ですよね。いまのスタッフが30代前後とすると、世代を超えるプロジェクトですね。

アズィーズ
本当に二世代で手がけてもらったプロジェクトだと思います。CGは使わず、飛行機は全部ワイヤーで吊るして飛ばしてますし、ビルの爆破も火薬を仕込んでますから。あと撮影現場には関智一さんもいらしてました。

――声優の関智一さん?

アズィーズ
そうなんです。関さんも『アイゼンボーグ』の大ファンで見学に来られたみたいです。関さんは以前アイゼンボーのフィギュアを作って発表したこともあって、そのときも中東のファンは「アイゼンボーのフィギュアが出る! 関智一さんが作ったの?」とびっくりしたんです。まずフィギュアがめったに出ない作品ですから。私も関さんのファンなので現場でごあいさつできて嬉しかったです(笑)。

中川
現場で円谷プロの方がおっしゃっていたのが「こちらもいい経験になりました」と。こんなに昔ながらの特撮だけで撮影することは最近なかったそうなんです。「いまのスタッフに技術を継承するいい機会になったし、自分たちとしても昔の特撮の良さをあらためて実感できました」と言っていただきました。

――特撮技術を伝える意義も大きかったと。スーツやメカを作り直したからには、今後の新しい映像にも期待が高まりますが。

アズィーズ
今回のプロジェクトは中東からのラブレターという形で作りたかったですし、やっぱり『アイゼンボーグ』の人気を蘇らせたい。その上でいまならどんな形ができるかという試みでもありますから、この次になにか作ることになれば、我々としても最大限協力させてもらいたいです。

――例えば中東ロケで砂漠やブルジュ・ハリファをバックにアイゼンボーが戦っていたらすごくかっこいいですよね。

アズィーズ
もし中東で新しいエピソードが撮影できたら、私たちも本当に嬉しいですね。

――プロジェクトの進展が楽しみです。もう少し周辺のお話も聞かせてください。かつては中東では『アイゼンボーグ』以外に『グレンダイザー』『キャプテン翼』『風雲!たけし城』といったコンテンツも人気と聞きました。いま中東で人気の日本のコンテンツは?

アズィーズ
『ワンピース』や『ナルト』はやっぱり人気ですね。『アイゼンボーグ』は昔の作品ですが、それを見て育った親が子供たちにも見せている話はよく聞きます。なかには子供の名前に主人公の名前をつけた人もいるくらいで、中東の吹き替えだと愛の名前は「レミース」で善は「カマール」なんですが、レミースちゃんやカマールくんが実際にいるみたいです。

――アズィーズさんがご覧になっていたのはいつ頃?

アズィーズ
80年代ですね。再放送が何度もあって、VHSでも見ていました。アニメと特撮という組み合わせがとてもユニークでしたし、サウジアラビアの子供たちには恐竜も人気があるんですね。爆発や流血など激しい描写も多くてびっくりしました。

――ほかに当時見ていたものは?

アズィーズ
アメリカと日本のアニメが多かったです。アメリカのは『トムとジェリー』とか『バッグスバニー』とか『ミッキーマウス』とか。日本のアニメは『グレンダイザー』『宝島』『ベルサイユのばら』『プラレス3四郎』『伊賀野カバ丸』……。

――意外な作品も多いですね。『伊賀野カバ丸』は学園コメディですけど、主人公が好きな焼きそばとかわかりました?

アズィーズ
そう。だから友達もみんな「あの食べ物はなんだろう?」って。

――(笑)。

アズィーズ
吹き替えでは「ショーマン」という言葉で、そういう料理は中東にないので造語だと思うんです。だから日本に来たとき「ショーマンを食べたい」と言っても誰も知らない。「そうめんですか?」と言われてもちょっと違う。日本語の先生に画像を見せて「焼きそばだよ」と教えてもらって、やっと食べることができました(笑)。

――(笑)。焼きそばを知らない人がそうめんと間違えて「ショーマン」と翻訳したのかもしれないですね。

アズィーズ
そうかもしれません。『伊賀野カバ丸』はコメディーと忍者の組み合わせというのがすごい面白かったです。

中川
当時はまだ翻訳のクオリティも低かったので、そういう取り違えは多かったみたいですね。

アズィーズ
逆に『アイゼンボーグ』の吹き替えはとてもよくできてました。とくに合体の掛け声はいまではみんな知っている言葉なんです。「アイゼンクロス」という言葉はそのまま使えないので、違う言葉なんですが。

――ああ、クロスはキリスト教の概念だから。

アズィーズ
そうです。直訳すると「合体して力になる」といった言葉ですが、いまでもドラマのセリフにパロディで使われるぐらい有名ですね。今回のアラビア語のナレーションは、カマール(日本語版の善)の声を演じていた人にお願いしていまして、調べたらいまはイギリス在住だったので、わざわざクウェートに来てもらって収録しています。

――日本語版のナレーションも善を演じた上恭ノ介さんでしたね。アラビア語のナレーション収録はクウェートで、放送当時の吹き替えもクウェートとのですが、クウェートで作られてサウジアラビアでも放送されることは一般的なんですか?

中川
中東と北アフリカ、MENA(Middle East North Africa)と呼ばれる地域はアラビア語の国が多くて、国ごとの放送というよりはアラビア語の衛星放送をだいたいどの地域でも見ているんですね。クウェートでアラビア語に吹き替えられた『アイゼンボーグ』も国をまたいで見られていたので、中東から北アフリカのアラビア語圏で広く知られている形です。

アズィーズ
そうですね。とくに湾岸諸国、クウェート、UAE、バーレーン、サウジアラビアといった国での人気が高いです。

 

アイゼンボーグ号(未開封)のフィギュアとアズィーズ氏。『アイゼンボーグ』のグッズを手に入れるため来日する中東のファンも多いとか

――中東は文化的な規制もありますが『アイゼンボーグ』は問題なかったですか?

アズィーズ
大丈夫でしたね。サウジアラビアは一番規制が厳しい国なんですが、とくに問題にはなりませんでした。もしかしたら放送当時は子供向け番組には目が向けられていなくて、いまより緩かったのかもしれません。ストーリー的にはまったく問題ないですし、主人公もカップルじゃなくて兄妹なのがよかったと思います。

――愛のミニスカートも大丈夫?

アズィーズ
当時は大丈夫でした。いまは判断によってはカットになるかもしれません。基本的にはエロティックな描写と、宗教的な描写がNGですね。

中川
2016年に『ONE PIECE FILM GOLD』がアブダビで封切りされて、アラビア語監修を弊社で担当したんですが、やはり水着を着ているナミのシーンはだいぶカットすることになりました。アブダビは中東でもそれほど規制は厳しくない地域ですが、それでも抗議の声は出ましたね。

アズィーズ
でも少なくなってきたと思います。前はダメなものは全部ダメでしたけど、いまは「そこは調整しましょう」ということが多いです。サウジアラビアでも若い世代の意見が強くなってきていて、映画館ができたりとか、日本のオーケストラの協力で西洋式のクラシックコンサートが行われたりとか、こういうことは10年前だったらあり得なかったですね。

――アズィーズさんの母国のサウジアラビアでは、新しくムハンマド皇太子が即位したり、経済改革計画「ビジョン2030」が発表されたりという動きがありますが、どのような印象をお持ちですか?

アズィーズ
ビジョン2030は「2030年までに石油の輸出額を石油以外の産業で上回ろう」というプロジェクトです。石油ビジネスから脱却するためにサウジアラビアは何が強いか。若者が70%ぐらいで若い人材が多い。なら若者に投資しましょうと。その若者は何を求めているか。そこでエンターテインメントを広げたり、女性も車が運転ができるようにしたり、そういったところにいま力を入れています。国としてはこれから大きくシフトすることになると思います。

――「石油王がオイルマネーで日本のコンテンツを買う」という言い方が冗談も交えてされることがありますが、実情はオイルマネーに頼らないための試みと考えたほうがよいわけですか?

アズィーズ
オイルマネーの考え方は私たちの感覚だとちょっと違うんですね。石油は政府が扱うもので、普通の国民が直接売ったりするわけではないですから。政府が関わるプロジェクトならオイルマネーの影響もあるかもしれませんが、国民や企業のレベルでは関係ないですし、今回のプロジェクトも兄の会社が出資した、企業と企業のビジネスなので、じつはオイルマネーはまったく関係ないんですよね(笑)。

――そう説明されると実際の感覚がよくわかりますね。最後に今回の『帰ってきたアイゼンボーグ』で中東に興味を持った人に向けてのメッセージをお願いできますか。

アズィーズ
まだサウジアラビアは観光ビザが下りないんですが、いずれはサウジアラビアにも行きやすくなると思います。ほかの湾岸諸国は非常に安全なので気軽に来ていただきたいですし、何より中東の人たちは日本のエンターテインメントにとても興味を持っているので、今回の『アイゼンボーグ』だけでなく、いろんなプロジェクトを中東と日本で手がけていけたらとてもうれしいですね。私もローカライズやビジネスのお手伝いをしていきますので、よろしくお願いします。

今回のドキュメンタリー『帰ってきたアイゼンボーグ』は今後60分の長尺版をソフト化して中東地域で発売する予定とのこと(日本での発売未定)。復活プロジェクトの進展次第ではもしかしたら近い将来、昭和の特撮ヒーローが砂漠を舞台に大暴れする日が来るかもしれない。また今回は新撮パートの監督を務めた田口清隆氏(『ウルトラマンX』『ウルトラマンオーブ』メイン監督など)にもコメントをいただけたので、そちらを紹介して締めくくりとしたい。

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田口清隆(『帰ってきたアイゼンボーグ』新撮パート監督)

日本の特撮番組が中東で人気というのは初めて知って嬉しかったですが、ウルトラマンやゴジラではなくアイゼンボーグだというのに驚きました。やはり人物の国籍が関係無いアニメの方が国境を越えるんですね。

最近は飛行機が飛ぶシーンを、ミニチュアを吊って撮影することが、費用対効果的に許されません。今回はそこをやるというのがテーマだったので、楽しかったですね。ウルルの口から火炎放射も今では撮影所内でやるのは許されないので、合成で処理しているのが気にならないように気をつけました。

また機会があれば是非また撮りたいですね。

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円谷プロダクション
https://m-78.jp/

円谷プロ公式チャンネル「ウルトラチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UC5PBnSG7C0WXp5gjd4bzKtw

CULTURES FACTORY
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