藤津亮太のテレビとアニメの時代 第4回 個性的な日本テレビとNETの戦略

藤津亮太のテレビとアニメの時代
14回 個性的な日本テレビとNETの戦略

藤津亮太

[筆者の紹介]
1968年生まれ。アニメ評論家。編集者などを経て、2000年よりフリーに。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)。編著に『ガンダムの現場から』(キネマ旬報社)など。アニメ雑誌、そのほか各種媒体で執筆中。
ブログ:藤津亮太の 「只今徐行運転中」 http://blog.livedoor.jp/personap21/

 まず第3回の補足から。
 前回「フジテレビはもともと開局以来、『母と子のフジテレビ』というキャッチフレーズに局の方針を置いていた。このフレーズがどのように出来たか、『タイムテーブルからみたフジテレビ35年史』を見ても説明をする記述はなかった」と書いた。
 これについてライターの小川びい氏より、ポニーキャニオンの「フジテレビ開局50周年記念 ドラマDVD発売WEBサイト」やフジテレビ元専務の村上七郎による『ロングラン』の回想録に言及があると指摘があった。

 そのWEBサイトには以下のような記述があった。
「開局からまもなく、あの有名なキャッチフレーズが生まれる。 そう、『母と子のフジテレビ』である。 発案者は、当時の編成部長の村上七郎氏。氏はニッポン放送時代、『婦人専門局』という編成方針を掲げて成功した実績があり、その路線を再び狙ったものと思 われる。先発局に追いつくには、『プロレスの日本テレビ』や『ドラマのTBS』に匹敵する、何か強烈なイメージを植えつけないといけないからである。」( http://www.ponycanyon.co.jp/fujitv50th/soken/

 ではこの方針はいつ打ち出されたのか。
 また、最近出版された『『鉄腕アトム』の時代 映像産業の攻防』(古田尚輝、世界思想社)は、フジテレビが開局3年目の1962年12月に出した「昭和38年度編成3大方針」を、「母と子のフジテレビ」路線のスタートとしている。
 この三大方針とは、1、お茶の間路線、2、番組の質的向上、3、企画の独自性の三本柱。このうちのお茶の間路線のキャッチフレーズが「母と子のフジテレビ」と名付けられたようだ。同書は、お茶の間路線と企画の独自性の両方することで、『鉄腕アトム』の放送が実現したとしている。
 ちなみに、同書は60年代のテレビ、映画、アニメーション産業を大きく俯瞰する貴重な視点の本なのだが、『鉄腕アトム』の広告代理店を「宣弘社」としたり(実際は萬年社)、いくつかの媒体で既に言及されている『アトム』放送までの経緯について、明言を避けた中途半端な記述をしていたりと、細部に解せないところが少々残念であった。

2に続く