マンガはなぜ赦されたのか-フランスにおける日本のマンガ-最終回「フランスにおけるマンガとは何であったか」

[第8章 エピローグ フランスにおけるマンガとは何であったか]

■ 豊永真美
[昭和女子大現代ビジネス研究所研究員]

Photo by Aurelien Meunier/Getty Images
Photo by Aurelien Meunier/Getty Images


■ シャルリ・エブド誌襲撃事件と日本の反応

シャルリ・エブド誌の襲撃は、その後、日本人がISILの犠牲となったこともあり、日本人の関心をひきつけ続けている。シャルリ・エブド誌の問題はISILの問題だけではなく、フランスの移民問題や、フランスの政教分離、表現の自由の問題といろいろな側面から議論された。
ただし、グレナとメディア・パルティシパシオンが中心となって、「シャルリ・エブド」の追悼号を出すということは報道されていなかったように思う。グレナもメディア・パルティシパシオンもマンガ出版の中心であるのにだ。

もちろん、シャルリ・エブドに掲載されていた風刺画は日本人の趣味にあうものではない。宮崎駿はラジオ番組のインタビュー(*30)の中で「異質の文明に対して、崇拝しているものをカリカチュア(風刺画)の対象にするのは間違いだ」と述べたが、この意見に賛成する日本人は多いだろう。
それでも、グレナやメディア・パルティシパシオンが追悼書籍を出し、その2社はフランスの代表的なマンガ出版社でもあるという報道は、フランスを理解するためにあってもよいと思う。

シャルリ・エブド誌の襲撃事件で感じたのは、フランスで日本のマンガが流行っているという報道は日本ではされるが、どのようなしくみのもとで日本のマンガが流行っているかという分析は、日本人はどうやら関心がないということだ。
もちろん、一般の人が広く興味を持つ話題ではないし、極端に言えば、マンガの版権を輸出している作家も興味を持たなくてよいかもしれない。ただし、日ごろ、フランスの出版社とおつきあいしている日本の出版社はもう少し関心をもってもよいのではないかと思う。

シャルリ・エブド誌は襲撃される前、読者数の減少から経営危機に陥っていた。襲撃直後に発行したシャルリ・エブド誌は襲撃前が発行部数3万部だったのに対し、襲撃直後の1月14日号は700万部(*31)となった。このシャルリ・エブド誌の経済状況を救ったのは、他のメディア産業である。中でもグーグルはフランスで展開している財団を通じ25万ユーロを寄附した(*32)。ル・モンド、フランス・テレビジョン(フランスの公共テレビ放送グループ)、ラジオ・フランス(フランスの公共のラジオ放送グループ)などからなるフランスのメディアも同額の寄附をしており、メディアがシャルリ・エブドを強くサポートしたことがわかる。

中でも、米国企業であるグーグルの支援は大きい。グーグルはインターネット企業として、表現の自由を守るという意味で支援をしたのではないかと推測されるが、襲撃前、シャルリ・エブドはろくなインターネットのホームページをもっていないような企業であり、このアナログな企業とIT技術を支えるグーグルとの組み合わせは奇妙ですらある。
それでも、グーグルはシャルリ・エブドを支持するということが、フランスからの支持を得らると考え、多大な寄附をしたのであろう。

グーグルはいち早くシャルリ・エブド誌の支持を表明した Photo by Justin Sullivan/Getty Images)
グーグルはいち早くシャルリ・エブド誌の支持を表明した Photo by Justin Sullivan/Getty Images)

シャルリ・エブド誌の襲撃は他に類をみない大事件ではあるが、その事件が起こったとき、各国のプレーヤーがとった態度を見ると、それぞれが有機的につながっていることがわかる。そして、日本は「蚊帳の外」にいる。
フランスでは、ある種のネットワークの内側にいることが重要であり、シャルリ・エブドは発行部数は少なかったがフランスのネットワークの内側にいたのだ。

■ フランスの日本マンガ出版社の現況

フランスのマンガ出版社をみていこう。まず、グレナはバンド・デシネとグルノーブルという基盤がある。グレナはバンド・デシネの単行本化の立役者の一人であり、パリ以外の地域の創生が大事なフランスにとって「パリ以外」に立地する企業というのは大切にしなくてはいけない企業だ。グレナはフランスにとって必要な企業だ。
メディア・パルティシパシオンの重要性は言わずもがなである。カトリックの価値観を「密やか」に支える企業としてとても重要だ。
Ki-oonもフランスにとって必要な企業だ。単なるマンガ出版社ではない。郊外から起業したということはとても重要で、成功し続けてくれないと、フランス政府としても困るのだ。

アシェット傘下のPIKAやエディティスのKUROKAWAは親会社のビジネス上の理由で、マンガの出版が止まってしまうかもしれない。しかし、それは親会社の判断ということ以上のものでもなく以下でもない。アシェットやエディティスの株主がマンガを重要だと考えれば、マンガの出版は続けられるし、重要でないと判断されればマンガの出版は止まるだろう。
アシェットはフランス最大の出版社であり、フランスのほか、アメリカでもマンガ出版を手掛けていることから、マンガを読まない株主にとって「マンガ」が経済的に重要と思ってもらっていることは、マンガにとって悪くない状況だ。まだるっこしい言い方で恐縮だが、フランスでは、「マンガを読まない人」に偏見をもたれないことが重要なのである。

そのように考えるとKAZEの基盤は極めてぜい弱だ。日本企業の支配下にあるマンガ出版社が何かフランスの道徳に合わないものを出版したら、「マンガを読まない人」は抗議するであろう。(フランスは表現の自由は担保されている国だが、日本より青少年保護には厳しい。センサーシップができていない中で、暴力的な表現やセクシャルな表現があったら、抗議を受ける可能性は高い)

同様にヴェレが率いていたTONKAM[もぜい弱な基盤だ。(ヴェレは2013年にバンド・デシネの出版社デルクールとの関係をたっている)。ヴェレは純粋に日本のマンガ好きだが、フランスの社会に「これ」といった強固な基盤があるわけではない。
夏目房之助がヴェレとの対談で、「ヴェレがマンガを芸術にしたがっている」ということに違和感を覚えると書いていたが、ヴェレがマンガを芸術に高めようとしていたのは、フランスでは「芸術」になれば存在が許されるからだ。フランスでは、映画にしろ小説にしろ、『リベラシオン』(左派向けの日刊紙)や『テレラマ』(ル・モンドグループが出しているテレビ情報週刊誌。テレビ番組を紹介するのみでなく、その週の芸術活動を紹介する、かつての『ぴあ』のような雰囲気の雑誌)で取り上げられれば芸術的であると認められる。ヴェレはマンガを『リベラシオン』や『テレラマ』で恒常的に取り上げられるようにして、身を守ろうとしていたといえる。夏目房之助は「マンガは大衆娯楽でいい」と述べていたようだが、単なる、大衆娯楽では基盤がぜい弱なのだ。

実際、フランスの国民的バンド・デシネである「アステリックス」ではマンガが批判されている。2005年に出版された「アステリックス」シリーズの「空が頭に落ちてくる」では、敵役は「NAGMA」というマンガをもじった名前であり、アメコミの質の悪いコピーとされている。一方、ウォルト・ディズニーの名前をもじった「Tadsylwine」は「NAGMA」に攻撃されているところをアステリックスに助けられる。マンガを読まない層には、マンガというのは諸手をあげて歓迎すべき文化ではないことがわかる筋書だ。

「アステリックス」はフランスを代表するバンドデシネのキャラクター Photo by Mark Davis/Getty Images Institute

「アステリックス」はフランスを代表するバンドデシネのキャラクター Photo by Mark Davis/Getty Images Institute

■ ぜい弱な基盤に立つフランスの活字文化

なぜ、フランスでは、「芸術」以外の書籍文化がなりたちにくいのか。フランスは新聞を入れた活字文化自体が危機に瀕しており、新聞は大企業資本を受け入れることで成り立っているのが実態だ。
トマ・ピケティは、左派日刊紙『リベラシオン』のコラムで、フランスでは保守党日刊紙『フィガロ』がダッソーグループに、経済紙『レ・ゼコー』がLVMHグループに属している。左派日刊紙の『ル・モンド』はフランスの3人の富豪、すなわちベルジェ(イブ・サン・ローランのパトロンで、長い間同性愛の相手だった)、ニエル(フランスのインターネットプロバイダー「FREE」の創業者 妻はLVMHのアルノーの娘)、ピガス(ラサール銀行出身)に所有されている。ピケティがコラムを書いている『リベラシオン』もルドゥー(不動産)とドライ(携帯・インターネットプロバイダーSFRを買収)という2人の富豪の傘下にある。フランスのメディアの大半は、情け深い富豪の下で生きながらえているのだ。

フランスの出版業界はまだフランスのメディア業界よりは自律的であるが、それでも、成り立っていくことは難しい。出版業界の雄であるアシェットがEADSグループにいたときはアシェットが重厚長大産業とのつながっていたことにより、業界全体が後ろ盾をもっていた状態だったが、アシェットがサービス産業となってからはこの後ろ盾がない心もとない状態である。

このような中で、マンガ出版が続いていくためには、マンガがフランスの出版界を支えるために絶対に必要であるという認識を、出版界内部のみならず、それ以外の人々に広く共有することが望ましい。
フランスにマンガが根付いているのは、単にマンガが「売れる」だからではない。フランスのぜい弱な出版界を支える経済的な商品として「マンガ」が存在していたから、フランスではマンガが存在することが「赦された」のである。

*30 TBSラジオ「荒川強啓デイ・キャッチ!」2015年2月16日放送
*31 日本経済新聞「シャルリエブド「再開!」 1面にルペン氏やローマ法王ら」(2015/02/24)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM24H2A_U5A220C1EAF000/ (2015/03/04 閲覧)
*32 The Guardian “Charlie Hebdo staff vow to print 1m copies as French media support grows” http://www.theguardian.com/world/2015/jan/08/charlie-hebdo-staff-publish-next-week-1m-print-run (2015/03/04 閲覧)