マンガはなぜ赦されたのか–フランスにおける日本のマンガ-第8回「日本資本VIZの進出」

[第7章 VIZの参入― 赦されない日本企業]

■ 豊永真美
[昭和女子大現代ビジネス研究所研究員]

■ VIZによるKAZE買収の波紋

話は少し脱線する。幸田真音の経済小説「舶来屋」(2009年 新潮社)は日本のセレクトショップの草分けであるサンモトヤマ創業者の茂登山長市郎をモデルにしている小説である。主人公は、イタリアでグッチの創業者とあい、品物を丁寧に扱ったことから、日本の輸入代理店となる。さらにエルメスなど高級ブランドの取り扱いを増やしていったが、グッチが代替わりすると、直営店を日本に出すといわれ、サンモトヤマはグッチを取り扱うことができなくなる。時代の変化を感じた主人公は、エルメスに総代理店を返上する旨を伝えると、エルメスから、逆に「大阪の店だけは続けてくれ」といわれる、というのがあらすじだ。
この中で、主人公は欧州の高級ブランド市場の開拓を行ったにもかかわらず、市場が成熟してくると、欧州企業が直営店を経営しようとし、主人公が排除される姿が描かれている。この本を読んだ日本の読者は、主人公が日本に高級ブランドを根付かせる努力を過小評価して、自ら進出しようとする欧州企業に反感を覚えるだろう。

わざわざサンモトヤマの例を出したのは、同じようなことがまさにフランスのマンガ市場で起こったからだ。2007年に集英社と小学館の子会社の米国法人の欧州子会社VIZ EuropeがKAZEの買収を発表した。
KAZEはフランス人のセドリック・リッタルディが創業した会社で、日本のアニメDVDを販売、Wasabi Recordsというレーベルで日本のポップミュージックを扱っていた。これに加え、ASUKAという小規模なマンガ出版社を買収していた。VIZ EuropeはKAZEを買収することにより、マンガ出版の足がかりをフランスで作ったのだ。

このことは、フランスの既存のマンガ出版社に大きな衝撃を与えた。フランスでマンガが人気とはいえ、市場は小さく、売上の多くは集英社のジャンプタイトルに依存している。少年ジャンプのタイトルがKAZEに独占されてしまうことは、他のマンガ出版社にとって死活問題だ。
KAZEは既にフランスで出版されているタイトルについては、既存の出版社との契約を続けると表明したが、新しいタイトルについてはKAZEが優先権を持つということが、誰の目にも明らかだった。実際、ASUKAのレーベルはKAZE MANGAに徐々に変更されていった。

■ ドミニック・ヴェレの見解

KAZEの創業者であるセドリック・リッタルディは2012年に退社した。このとき、KAZEの行為に対して怒りを表明したのがAKATAの代表のドミニック・ヴェレだ。

ヴェレはフランスの老舗マンガ出版社のTONKAMの創業者で、その後バンド・デシネ出版社のデルクールが興したAKATAの代表となった。デルクールがTONKAMも買収したので、ヴェレはAKATAとTONKAMの双方を見ることとなった。
なお、ヴェレのAKATAは、以下に紹介するインタビューの1年後に2013年には、デルクールから独立した。デルクールより利益を追求したのに対し、ヴェレはより心に響くマンガを出版したかったためである。

ヴェレはフランスのマンガ界には珍しく、メディアによく露出する人物で、日本のメディアにも登場している。まだ、クール・ジャパンなどという言葉がなかった時代にドミニック・ヴェレは清谷信一の「Le OTAKU―フランスおたく事情 」(1998年KKベストセラーズ)や夏目房之助の「マンガ世界戦略 – カモネギ化するマンガ産業」(2001年小学館)でインタビューされているし、2000年には自ら、中央公論に寄稿している(「普通の文化消費財へ(フランス)(滑落する日本製アニメ・マンガ — 最大の輸出ソフト産業は今)」『中央公論』(115-10))。日本のウエブメディアにも登場している(*27)。

夏目房之助は自身の著書の中で、ヴェレとの会話の「かみ合わなさ」について以下のように書いている。

「ドミニクと話していて,はじめ違和感をおぼえたのは,彼がやたらと「マンガは文化であり芸術である」と強調したがる点だった。私にすれば「ゲージュツのお座敷なんぞかかんなくたってマンガはマンガでぃ。大衆娯楽でいいじゃねぇか」という思いがあるので、どうもひっかかるのだった。が,彼はマンガを認めない人々に「芸術」として認めさせることが、まずは第一歩と考えているようなのだ。BD 自身が「芸術化」することでようやく社会的に認知された経緯があるようで、マンガも BD 同様に認めろという主張らしい。
要するにフランスで文化として認められるには、映画,文学,純粋映画など既存の「芸術」分野であって、BD ですら一般にはさげすまれている。が、一部の BD の「芸術」性の高さは,それもかろうじて認められ、まずはマンガをそこまでひきあげたいということのようだった。」(*28)

上記のインタビューからもわかるとおり、ヴェレはかなり癖のある饒舌な人間だ。グレナやKANA、Ki-oonの担当者が、一般的に優等生的な応答しかしない中で、かなり人間臭いといえる。

ヴェレは、リッタルディがKAZEを去った直後の2012年のActuaBD(ウエブ・マガジン)のインタビュー(*29)で以下のとおり語っている。タイトルは「フランスのマンガ市場はパールハーバーに直面しているのか」というタイトルだけでも刺激的だ。以下、一部を抜粋して翻訳する。

「「日本のNo1企業がフランスでまず、権利を販売する企業を創設し、その後フランス企業(KAZE)を買収し、その子会社がライセンスを独占するということがわかるとうこと、特に、グレナやKANAが売上の30%を(集英社の)ライセンスからあげていることを鑑みると、それはよくないことといわなくてはいけません」

「「フランスの出版社は集英社がベストセラーに関してはKAZEにライセンスを売るということ、KAZEは年間25タイトルを出し、市場シェアを上げるということを知りました。フランス企業の間では、電話が飛び交いました」

「「文化を単なる産業とみなすことは間違いです。過去10年のアメリカの文化産業を見ると、ハリウッドをプロパガンダのように扱い、米国国内の平和も脅かされるし、将来の国のイメージにもよくありません。日本人もおなじようなことをしようとしています。でもフランス人を傷つけないでほしい、フランスは心で動く国なのです。日本の文化を紹介するためにフランスは非常に努力しました。このような形で日本企業が進出してくることは乱暴です。これではまるで真珠湾攻撃のようです。日本人にとっては賢明な作戦ではありません」

抜粋だけでもヴェレの怒りがわかるであろう。ちなみにヴェレはフランスの中でもことさらマンガを芸術として扱うことに拘りを感じている人間だ。
KAZEがフランスに進出した際の嫌悪感は、ヴェレの個人の特性に負うところも大きく、フランスのマンガ出版社すべての意見ではない。しかし、ヴェレから見ると、集英社のやり方はまるで、「舶来屋」に登場するグッチのようなやり口に映ったようだ。

KAZEは既に、フランスの出版社が出版していた「One Piece」や「NARUTO」のライセンスを取り上げることはなかった。しかし、少年ジャンプに2009年から連載が開始された「黒子のバスケ」はKAZEが出版した。フランスはバスケの強豪国であり、うまくいけば「キャプテン翼」のような人気を博することも期待されたが、実際にはさほど人気を得ることはできなかった。フランスと日本の学校生活が違いすぎるため、フランスで日本の学園ものが人気になることは難しい(たとえば、KANAから出版された「君に届け」もさほど大きな成功を収めていない)。ゆえに、「黒子のバスケ」があまり人気を得ることができなかったといってもただちにKAZEのせいにすることはできない。しかし、KAZEはフランスに上陸後、思うように成果を上げていないのも事実である。

■ VIZの贖罪

一方、フランスに溶け込むためというわけでもないであろうが、VIZが進出したことにより、フランスのバンド・デシネが邦訳されるという動きが強まっている。

小学館集英社プロダクションは2015年現在「BDfile」(http://books.shopro.co.jp/bdfile/07bd/)というバンド・デシネを紹介するサイトを運営している。このサイトによると、小学館集英社プロダクションだけで、14冊のバンド・デシネを邦訳出版している。バンド・デシネはカラー印刷であることから一冊3000円-4000円と高価であり、正直、ひそかにブームになっているとはいえ、採算をとることが難しそうである。小学館集英社プロダクションが純粋に商売のためだけにやっているとは思えない。むしろ、フランスの文化紹介のためにひと肌脱いでいる感じだ。

このようにVIZの親会社がフランスのバンド・デシネを日本に紹介するために努力していることは、日本人が考える以上にフランスで評価される。
フランスは文化的影響力を各国に広めたいという欲望が非常に強い国であるが、フランス映画もフランスの小説もなかなか思うように成果をあげることができない。そのような中で、大量のマンガを輸出している日本が、フランスのバンド・デシネを輸入することはアンバラス解消のためにも評価される行動といえよう。  

*27角川アスキー研究所「フランスへ、最初に日本のマンガを輸入した人物」(2009/08/13)http://www.lab-kadokawa.com/1621 2015/03/03閲覧
*28夏目房之介(2001)「マンガ世界戦略 – カモネギ化するマンガ産業」小学館 引用は川又啓 子「研究ノート フランスにおけるマンガ事情」京都マネジメント・レビュー第15号 京都産業大学)https://ksurep.kyoto-su.ac.jp/dspace/bitstream/10965/214/1/KMR_15_79.pdf
*29 ActuaBD”Le marché du manga en France vit-il son Pearl Harbor ?”(2012/07/02)
http://www.actuabd.com/Le-marche-du-manga-en-France-vit(2015/03/03閲覧)