「アメリカにおける手塚治虫作品の受容の変遷-もうひとつの「手塚神話」の形成」‐後編‐<アメリカで歴史の中に“発見”された手塚治虫>

 

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情 第27回
「アメリカにおける手塚治虫作品の受容の変遷-もうひとつの「手塚神話」の形成」‐後編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』『ブラック・ホール』『デイトリッパー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

<アメリカで歴史の中に“発見”された手塚治虫>

Mysterious_Undderground_Men(発見された手塚治虫)
Mysterious_Undderground_Men(発見された手塚治虫)

前述のように1995年の『アドルフに告ぐ』を皮切りに、『ブラック・ジャック』『火の鳥』『鉄腕アトム』と手塚作品がアメリカで出版されていくが、多作で知られる手塚にも関わらず、2000年代半ばになるまで、アメリカでそれほど作品が出版されたわけではなく、2000年代後半に入ってようやく次々と出版されるようになる。その多くは手塚の作品の中でも『鉄腕アトム』のような子供を対象とした作品ではなく、読者の対象年齢が高い「青年マンガ」のカテゴリーに属する作品だ。

2000年代初頭に日本マンガ人気が急激に上昇し、全体の出版点数もそれに伴って急増したことを考えると、手塚の出版点数が2000年代以降増えたことは不思議でも何でもないように思われるかもしれない。しかし、1989年に亡くなり新作が出ることのない作家としては、極めて異例だと言っていい。

冒頭で取り上げたショットの以下の文章を思い出して欲しい。

近年、日本の大衆文化、特にマンガやアニメの新たな人気がゴジラのような勢いで世界を席巻するようになって初めて、手塚治虫の名前が英語圏のメインストリームの意識にゆっくりと浸透し始めてきた。

しかし、ショット氏が挙げる近年の「日本の大衆文化、特にマンガやアニメの新たな人気」の中に、手塚の作品が含まれることはない。何故なら、21世紀初頭からの日本マンガやアニメの人気はインターネットの普及に後押しされて、日本でのその時の人気作品によって牽引されており、新作が常にその中心だからだ。
しかし、「日本の大衆文化、特にマンガやアニメの新たな人気」によって手塚の名前の浸透が促されたのは、その「新たな人気」によって高まった日本のマンガやアニメ全般に対する関心、または知的好奇心によって、手塚が歴史の中に“発見”されたから、と推測できる。

先に挙げたショット氏による「アトム」についての2007年の著作『ジ・アストロ・ボーイ・エッセイズ(The Astro Boy Essays)』には、北米では手塚だけについて書かれた本はまだ1冊も出ていないため、同本が最初の1冊だという記述がある。しかし、その後、「アトム」や「手塚」だけに焦点を当てた本(研究書も含む)は何冊も出版された。

現在、筆者の手元にある手塚や「アトム」を専門に扱った本は以下の通り。

2006年『Tezuka the Marvel of Manga』(オーストラリアで行われた手塚展のカタログ)
2007年『The Astro Boy Essays: Osamu Tezuka, Mighty Atom, Manga/Anime Revolution』
2008年『Astro Boy and Anime Come to the America: An Insider’s View of the Birth of a Pop Culture Phenomenon』(邦訳版『アニメが「ANIME」になるまで-『鉄腕アトム』、アメリカを行く』NTT出版、2010年)
2009年『God of Comics : Osamu Tezuka and the Creation of Post-World War II Manga』
2013年『Mechademia 8: Tezuka’s Manga Life』(学術誌『Mechademia』の手塚特集号)
2013年『The Art of Osamu Tezuka: God of Manga』(1)

上記に加えて変わり種だが、2014年に出たレトロ調の表紙が印象的な『The Mysterious Underground Men』は、手塚の『地底国の怪人』の翻訳本であるが、アメリカ人研究者(ライアン・ホームバーグRyan Holmberg)が記した手塚についての論文も収められている。

上記以外にも、例えば日本の大衆文化を扱った論文集『ジャパン・ポップ!(Japan Pop! Inside the World of Japanese Popular Culture)』(Routeledge, 2000)には、手塚の『ブッダ』を扱った論文が掲載されているように、日本のアニメやマンガ、日本の大衆文化、もっと広くアジアの大衆文化等を扱った研究書の中に、手塚やその作品に関する論文や記事が数多く掲載されている。筆者の手元に無いものに加えれば更に増え、そして日本マンガやアメリカのコミックス読者に向けて、英語で書かれた手塚についてのインターネット上の記事を入れればもっと増えるだろう。

要するに、21世紀初頭のブームを経て手塚やその作品について書かれたものが増加し、手塚についての情報量が増えた。その情報をもとに、日本マンガ読者のコミュニティの中で「偉大なマンガ家としての手塚治虫像」が形成された。
言い換えると、手塚は実際に多くの作品が出版される前に、手塚に関する情報をもとにした「手塚治虫像」が形成され、作品への需要を生み出したと言っても、それほど間違ってはいないと思われる。

前述したように、2000年代の日本マンガブームでは、むしろそのオリジンが強調され、「日本のMANGA」であることが商品としてのセールス・ポイントになった。もちろん、日本のアニメやマンガのファンクラブが1970年代にアメリカで誕生していたことからもわかるように、日本という原産国に意識的なファンは昔から常に存在していた。
しかし、2000年代以降には日本のアニメやマンガのファン層が(たとえニッチであっても)市場としてある程度の規模を持ったことで、「日本のMANGA」の歴史についての情報への需要も増加し、求められる情報の提供が行われ、ひいては、手塚の作品の出版も可能となったのではないか。

先に挙げた『地底国の怪人』の英語版『The Mysterious Underground Men』には、手塚とその作品に関する論文が作品と並んでおさめられていると書いたが、その論文の冒頭には手塚というマンガ家についての説明はほとんどない。『The Mysterious Underground Men』を手に取る読者は、既に手塚を日本マンガの歴史において重要なマンガ家だ、と知っていることが前提なのだろう。

こうして、歴史の中に見出された手塚の作品は、「マンガの神様」つまり「God of Manga」の手による作品として出版され、受容されるようになった。手塚治虫の「神話 Myth」が、日本とは別な形でアメリカでも形成されたのである(2)。

アメリカの出版社による、この手塚「神話」に基づく手塚作品のマーケティングについては別の機会に述べることにしたい。 

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他にも、手塚を大きく取り上げている研究書として、
1983年『Manga!Manga! The World of Japanese Comics』1983
1996年『Dreamland Japan: Writings of Modern Manga』(邦訳版『ニッポンマンガ論-日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』マール社、1998年)
2004年『Manga: Sixty Years of Japanese Comics』等がある。
この他、少し古いが1993年『Adult Comics: An Introduction 』(Roger Sabin, Routeledge) には、手塚への言及があり、日本における「マンガの神様」として、「フランスのエルジェ」、「アメリカのジャック・カービー」に例えている。
この記事を書くにあたって、記事内で取り上げた以外にも以下の本を参考にした。
草薙聡志『アメリカで日本のアニメは、どう見られてきたか?』徳間書店、2003年