成長するブラジル・アニメーション 5億人の巨大市場を手中に収める政府の英断-前編-

5億人の巨大市場を手中に収める、ブラジルのアニメーション
政府の英断 資金調達制度と有料テレビ法がアニメーションを輸出産業へ

[オフィスH: 伊藤裕美]

■ サンパウロとリオデジャネイロに分かれる、メディア・コンテンツ産業拠点

ブラジルは、日本の約22.5倍、世界で5番目に大きな国土面積を持つ。人口は約2億人。公用語ポルトガル語の使用人口は旧宗主国ポルトガルの20倍になる。16世紀にポルトガル人が入植、植民地化した。アフリカの人々は奴隷として連行され、先住民も奴隷として植民地社会に組み込まれた。1822年の独立後はイタリア、ドイツなども移民、ユダヤ人も移り住んだ。複雑な民族モザイクができた。多様な文化背景を持つ人々が全土に混在するのではなく、出身国別に特定地域や州に偏在する。サンパウロ以南はヨーロッパ系が多く、リオデジャネイロ以北はポルトガル系、アフリカ系が多い。

メディア・コンテンツ産業の拠点はサンパウロとリオデジャネイロに分かれる。強いて言えば、サンパウロは広告、リオデジャネイロは映画が強いとのこと。最大手はリオデジャネイロで番組制作するRede Globo(グローボ)、世界4位の民間放送局だ。サンパウロに拠点を置く民放のRede Record(ヘコール)、SBT、Rede Bandeirantesが続く。公共放送のTV Cultura(文化教養番組系)とTV Brasil(総合放送)も全国ネットだが、資金力もメディア力も民放に及ばない。

サントス港に上陸した日本人は、内陸のサンパウロに日本人コロニーを築き、サンパウロと近辺に集住する。ヨーロッパ系ブラジル人によると、日系人は世代を経ても日本の文化や価値観を維持し、日系間の結婚が多いという。日本のマンガ・アニメがサンパウロでは知られていても、全国的に波及しないのにはこのような事情もあるようだ。

『Peixonauta』 (c)TV PinGuim, Discovery Kids
『Peixonauta』
(c)TV PinGuim, Discovery Kids

■ 有料放送CATVがアニメーション放送の主体

ブラジル有数のメディア・コンテンツ制作会社Mixerの子ども向け番組開発部門の責任者、レイナルド・マルケジーニ氏にテレビアニメ制作と放送を聞いた。同氏はディズニー、ソニー、任天堂、ネルヴァナなどの世界有数のメディア・コンテンツ企業でブランディングマネージメントを歴任。放送・映画やインターネットコンテンツの製作、流通・配給、ライセンシングの経験は17年に及ぶ。

マルケジーニ氏も「ブラジルのアニメーションは歴史が浅い」と言う。1940、50年代に実験的な短編アニメーションの創作が起こったが、産業化することはなかった。ブラジルは20年にも及ぶ軍事独裁政権を経て、1985年に文民政権となったものの経済は悪化、インフレと莫大な累積債務に悩まされた。1990年代には文化予算も削減された。90年代後半の金融危機を乗り越え、経済成長へ転じ、BRICs諸国の一角となった。政府は2000年代にメディア・コンテンツ産業支援へ政策転換した。

全国ネットの無料民間放送局がメディア・コンテンツ産業で大きな影響力を持つが、有料放送も普及している。中産階級の拡大とともにCATVの契約世帯数が急増。マルケジーニ氏によると、国民の約3割に相当する約1800万世帯に達する。
アニメーションはCATVの放送比重が高い。米国系CATVチャンネルはブラジルだけでなく、ラテンアメリカ諸国をカバーする。無料放送ではグローボ、SBT、TV Cultura、TV Brazilも放送するが、大手民放の関心は低い。

アニメーション放送をする、主なCATV

米国系
Cartoon Network、Boomerang
Tooncast
HBO Family
Nickelodeon
Discovery Kids
Disney XD、Disney Jr、Disney Channel
FOX
ブラジル系
Gloob(Globosat Programadora傘下)
Canal Futura(Globosat Programadora傘下)
TV Rá-Tim-Bum(公共放送)

■ 2011年有料テレビ法

2011年に大胆な法律が可決された。「2011年有料テレビ法」と呼ばれ、2012年5月に施行された。同法は衛星放送などすべての有料テレビ放送を対象とし、通信事業者による放送事業への参入を認めるとともに、外資の参入規制を撤廃した。夜6時から10時のゴールデンタイムに最低週3時間半は国内制作の番組を放送しなければならないとし、そのうち半分以上は放送事業者以外の制作とすることを定めた(総務省「世界情報通信事情-ブラジル」より)。独立系制作会社のメディア・コンテンツに放送の機会を広げたことが特筆される。ブラジルでは大手放送事業者が俳優と専属契約をして、自社の制作部門で番組制作を寡占してきたからだ。

同法により、放送事業に参入する通信事業者に課される税(FISTEL)がメディア・コンテンツ産業向け基金「FSA」へ投じられる。その額は2013年3月までに約105億円、2014年までに約1500億円。
この政策は顕著な効果を現した。2013年1月に有力紙フォーリャ・デ・サンパウロは「同法の施行により国内の番組制作会社が2012年末には前年比で5割以上増え、制作数も急増している」と報じた(「放送研究と調査」2013年3月)。

■ 大手CATVの出資で、制作スタジオがIPマジョリティ取得

ブラジルは安いアニメーション制作工場ではない。マルケジーニ氏によると、ブラジルの制作費は26話シリーズで300万から600万BRL(ブラジルレアル=45円、約1億3500万~2億7000万円)。ブラジルの標準フォーマット、1話11分の平均制作費は約1000万円になる。
しかしCATVの放映料は安く、30分で4000米ドルほどという。放映料だけでは制作はできず、CATVと共同製作を組む。完成作品の購入ではなく、共同製作が多いようだ。2011年有料テレビ法以前は資金力で劣る制作会社にIPは残らず、実態は制作受注だった。

マルケジーニ氏は2007年に自らFlamma Filmsを率い、ブラジルの漫画家ファビオ・ヤーブ(Fábio Yabu)の漫画を原作にアニメシリーズ『Princesas do Mar(海のプリンセス)』を製作した。ブラジル初の国際共同製作アニメシリーズとなった。
Discovery Kidsがラテンアメリカで放送したのを皮切りに、オーストリア、ヨーロッパでも2シーズン(11分x104話)放送され、128ヶ国に約14億円を売り上げた。アニメーションはすべてサンパウロで制作された。資金調達と世界市場進出のため、マルケジーニ氏はスペインのNeptuno FilmsとオーストリアのSouthern Star Entertainmentとの国際共同製作を選んだ。

これまでにもブラジルで制作されたアニメシリーズは、人気マンガ原作の『Turma da Mônica (モニカとなかまたち)』(Maurício de Sousa 製作、1976年-現在)、オリジナルの『Peixonauta(さかな飛行士)』(TV PinGuim製作、2009年-現在)など、ブラジルだけでなくラテンアメリカで成功してきた。『海のプリンセス』は国際共同製作としても成功。ブラジルのアニメーションはこの10年で飛躍的に発展し、制作者のすそ野が広がった。今や独立系プロデューサーが自社企画でIPを保持するテレビアニメを製作するに至る。
その背景には資金調達制度の整備がある。BNDES(ブラジル国立経済社会開発銀行)は財務省から無リスク資金を調達し、市場金利を下回る金利で資金を貸し出す。制作会社は助成金や売上が入る前の運転資金としてBNDESを利用できる。放送局からグリーンライトが出れば貸付を受けられ、BNDESが付けば助成金の獲得に有利になると、リエバン氏は言う。

『Princesas do Mar』 (c)Flamma、Neptuno Films、Southern Star Entertainment
『Princesas do Mar』
(c)Flamma、Neptuno Films、Southern Star Entertainment

[全国を対象とする、メディア・コンテンツ産業向け公的支援]

■ BNDES(ブラジル国立経済社会開発銀行)
長編映画、ドキュメンタリー、アニメーションの制作・完成に向けた基金(選別式)。
約6億3000万円(13年10月時点)
■ 文化省 – SAv
短編映画、長編映画、低予算の映画に関する年次報告。制作支援:100万BRL以下の低予算映画を年5本。
約3億4000万円(同上)
■ Fundo Setorial do Audiovisual (FSA) オーディオビジュアル部門基金
ANCINEが運用管理する公的基金(投資、貸付、利子補給、弁済不要補助金)。CONDECINE(ブラジル映画産業発展のための課税-商業映画やパッケージの放送、製作、ライセンシング、配給への課税)が、長編映画の制作、テレビシリーズの制作、長編映画の配給権購入、長編映画のP&A、劇場の建築・改築・設備更新へ再配分される。
約37億8000万円(同上)
■ FUNCINES(映画産業基金)
ブラジル銀行の認可を受けた、国内の金融機関が設置できる映画産業基金。支援対象となるプロジェクトにはANCINEの承認が必要。
制作、配給・流通、公開、制作設備への資金提供、あるいは制作会社の株式保有/資本参加も可能。■ ペトロブラス(ブラジル石油公社)の文化プログラム
長編映画(35mm)、ディジタルコンテンツ、短編映画(35㎜)、映画祭、劇場公開への助成。
約12億円(13年10月時点)

The Brazil Business online(http://thebrazilbusiness.com)「Incentives for Film Production」(2013年10月31日)とANCINE「Film Financing and Co-production in Brazil – Brazil and Madrid 2010」より筆者編集。
上記の全国規模の公的支援のほかに、州の産業振興を目的とするメディア・コンテンツ向け支援がある。

■ マーチャンダイジングがなくても、アニメーションは制作できる

海外ブランドとのビジネスが長いマルケジーニ氏、国際共同製作に熱心なリエバン氏はキャラクターのライセンスビジネスの魅力を知る。
2D LABの『だいすきな友だち』のキャラクターが付けられた学用品や玩具はマーチャンダイジングとしては未成熟だ。リエバン氏は現状に満足している。自社でのIP保持を重視し、ライセンス管理にエージェントは使わない。エージェントが求める経費の大きさに疑問を持つと言う。
キャラクターやシリーズ世界観の戦略的ライセンシングに興味はあるが、プロジェクト開発はマーチャンダイジングありきではない。国内の制度的資金や国際共同製作で調達でき、アニメーション本業に注力できる。健全なアニメーション制作スタジオの姿かもしれない。
マルケジーニ氏によると、放送局と広告代理店が組んで新番組を開発することはない。もちろん日本式の製作委員会もない。ブラジルでは、独立系プロデューサーが自ら企画開発と座組みを選び、資金調達してIPを保持できるようになった。
現在、子ども向け番組に対する広告規制が議会で議論されている。子ども向け番組での子ども製品企業のブランディング広告を禁止しようというものだ。マーチャンダイジングへの依存度の低いブラジルでは日本ほど影響はないだろうが、民放への影響が懸念される。