北米のマンガ事情第26回 「アメリカにおける日本のライトノベル―Yen Pressの新たな挑戦」‐後編‐

 

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情 第26回
「アメリカにおける日本のライトノベル ― Yen Pressの新たな挑戦」‐後編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』『ブラック・ホール』『デイトリッパー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

Yen On FINAL

■ <アメリカのヤングアダルト小説>

アメリカの若者向け小説に対する呼び方はいくつかあるが、最も一般的と言えるのはヤングアダルト小説だろう。書店でも「ヤングアダルト」のコーナーはすぐに見つけることができる。「juvenile(ジュヴナイル)」も使われるが、それは主に7、8歳から11 歳ぐらいまでで、全米図書館協会ではヤングアダルトを12歳から18歳を対象とした本のカテゴリーとしている(1)。(だたし、当然だが「ヤングアダルト」と言った時、人によってその対象と感じる年齢層は異なる。現在では20代もヤングアダルトと呼ぶ場合もあるらしい。)

そのヤングアダルトは、日本同様縮小が指摘される出版市場の中で少しずつであっても売上を伸ばし、出版業界で注目を集めているカテゴリーである。1997年に出版されたヤングアダルト小説の数はおよそ3千だったが、2009年には3万を超えた(2)。
近年では大ヒット作『トワイライト』『ハンガーゲーム』や『The Fault in Our Stars』『Divergent』等、映画化された作品、または映像化されることが決まっている作品が、その売上げを牽引していることは間違いないが、2012年に行われたアンケート調査(3)によると、回答者の5%以上が読んでいるタイトルは3つしかなく、様々な作品が読まれている現状が明らかになった。

そしてこの調査で最も驚きをもって受け止められたのが、ヤングアダルトの本の購入者のうち55%が18歳以上であり、30歳から44歳までのグループが全体の28%を占め、18歳以上の購入者の78%が自分で読むために購入したと答えたという点にある。つまり多くの大人がヤングアダルト小説を読んでいることが統計的に明らかになったのだ。大人がヤングアダルト向けの小説を購入してもおかしくないという雰囲気が作られる契機となったのは、アメリカで1997年に出版が開始された『ハリーポッター』シリーズからという説もあるらしい(4)。
ヤングアダルト小説の人気の原因として、様々な理由が推測されている。カテゴリーとしての成熟、他民族化が益々進み価値が多様化するアメリカにおけるテーマの普遍性、アメリカ人の大人観の変化等々。いずれにせよ、現在アメリカではヤングアダルト小説の大ヒット作が生まれ、ヤングアダルト小説の作家が「その年のセレブリティ100」リストに載り、ヤングアダルト小説の映画化作品が時には大人も魅了し多くの観客を動員する、という状況がある。

書店が『狼と香辛料』でYen Pressにオリジナルとは別の表紙を求めたのは、増え続けていると思われるヤングアダルト小説読者を意識したからであり、アメリカにおいてニッチな市場である日本アニメやマンガに親和性の高くない一般的な読者を対象にするほうが、売上が見込めると読んだからである。
結果的に日本版イラストの本とアメリカ版イラストの本と、どちらの表紙の本が多く売れたかについてはYen Pressは明らかにしていないが、ハスラー氏はインタビューで「(Yen Onにおいて)今後は日本で出版されたオリジナルの表紙でいく」と答えている。恐らく、
2009年発売開始の『狼と香辛料』以降の経験で、「日本のライトノベルをヤングアダルト小説として一般に普及させるのは難しい」との判断があったのだろう。その結果、日本アニメやマンガに親しむ、または日本アニメやマンガに抵抗感の無い読者をターゲットにすることを決めた。だからこそ、レーベル立ち上げには「日本のアニメ・マンガというカテゴリー全体に対する認知度の上昇」が必要であったのだ。

逆に言うと認知度が十分上昇したので、アニメ・マンガに親しむ、もしくは抵抗感の無い読者をまずターゲットにしても採算がとれると考えることができたのかもしれない。そしてその当然の帰結として、Yen Pressは以前のTOKYOPOPとは違い、日本の「ライトノベル」のレーベルとしてのYen Onを強調する。
日本のアニメやマンガに親しむ人は「ライトノベル」という言葉を既に知っていて、それがどういうものかを理解し、その言葉が付いた商品には何が期待できるかがわかっているからである。そして、そこまで知らない人にとってYen Onは「ライトノベル」という新商品のレーベルという意味も持つ。

Yen Pressのハスラー氏が深く関わった2002年のTOKYOPOPのキャンペーンでは、「MANGA」という言葉を強調することで、「MANGA」が「日本製のCOMICS」という意味を超えて「MANGA」という別の商品であるかのごとく喧伝された。今度はライトノベルが日本製の「YOUNG ADULT」ではなく日本製の「LIGHT NOVEL」であることが強調されている。
ハスラー氏は、今回のレーベルの立ち上げに際して重要なのは、「ライトノベルがどういうものなのかを書店や図書館員に理解してもらうことだ」として、理解を促す努力を継続していることを加えた。そして例えば「場合によっては書店に出向き、ヤングアダルトのコーナーではなく、マンガのコーナーに置くことを提案している」と言う。

とは言え、最初は日本のアニメ・マンガに親しむ読者をターゲットとしているとしても、Yen Onはその先にヤングアダルトを読む一般の読者全体も視野に入れているだろう。マンガの場合は日本と同様に“右開き”で出される場合が多いが、文字だけの小説では“左開き”にせざるを得ない。「ライトノベルは、マンガと違って“左開き”なのが強み」であり、「“左開き”なので人に薦め易い」と、ハスラー氏が語っているように、ライトノベルは日本マンガに慣れていない読者にも敷居が低い。

しかし、以前のTOKYOPOPのキャンペーンの頃とは違い、キャンペーンに協力した大手書店Bordersは既に無く、これからの売上の鍵のひとつとなる電子書籍も、日本のライセンサーとの契約上の問題からか、Yen Onのレーベルで出される作品のすべてが電子書籍で同時出版とは限らないようだ。
正直なところ、2000年代初頭の「MANGA」ほどには「LIGHT NOVEL」がブームを起こせるとは思わないが、現在は2000年代初頭にはなかったもの――日本やアニメ・マンガから強く影響を受けた米アニメーション・コミックスの増加、ライトノベルを原作とするアニメやマンガの正規電子配信等々――も数多くある。Yen Onには今後も注目していきたい。

(1) “About YALSA” The Young Adult Library Services Association (YALSA)http://www.ala.org/yalsa/aboutyalsa
(2) David W. Brown “How Young Adult Fiction Came of Age” The Atlantic, Aug 1, 2011
http://www.theatlantic.com/entertainment/archive/2011/08/how-young-adult-fiction-came-of-age/242671/
(3) “New Study: 55% of YA Books Bought by Adults” Publishers Weekly, Sep 13, 2012 http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/childrens/childrens-industry-news/article/53937-new-study-55-of-ya-books-bought-by-adults.html
(4)Natalie Robehmed “The Rise Of Young Adult Authors On The Celebrity 100 List” Forbes July 3, 2014
http://www.forbes.com/sites/natalierobehmed/2014/07/03/the-rise-of-young-adult-authors-on-the-celebrity-100-list/