北米のマンガ事情第26回「アメリカにおける日本のライトノベル ― Yen Pressの新たな挑戦」‐中編‐

 

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情 第26回
「アメリカにおける日本のライトノベル ― Yen Pressの新たな挑戦」‐中編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』『ブラック・ホール』『デイトリッパー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

■ <アメリカにおけるライトノベル>

『キノの旅』北米版
『キノの旅』北米版

そもそも日本語の「ライトノベル」という言葉は1990年代初頭から使われるようになり、2000年初頭に定着したとも言われる呼び方で、和製英語である。
ただし海外でも日本のアニメやマンガのファンには「LIGHT NOVEL」と言って通じる場合も多い。ファンは日本のサブカルチャーに通じていることも多く、ライトノベルを原作に持つアニメやマンガも多数あるからだ。

ライトノベルがそれまでの読者を超えて世間的にも注目を集めるようになってきたのは、『このライトノベルがすごい!』『ライトノベル完全読本』などのガイド本が揃って出る2004年頃だろうか。2004年と言えば、アニメ化、マンガ化もされた大ヒット作『涼宮ハルヒの憂鬱』が出版された年でもある。
2012年の出版科学研究所の統計では、8年ほど出版全体の推定販売額の前年割れが続く中、ライトノベルの売上は前年比3.6%増で文庫本全体の2割強だったと言う(1)。書店によっても異なるが、棚の占有面積の広さにも近年のライトノベル人気は反映されている。

アジアでも日本のライトノベルの人気は高く、特に韓国では現在日本マンガの市場規模よりも日本のライトノベルの市場のほうが大きいのではないかと言われるほど(2)、日本のライトノベルは多く読まれているようだ。

一方アメリカにおいては、著作権者に許可を取らない翻訳プロジェクトがネット上で立ち上げられる等、熱心なファンの存在は長い間知られてきてはいるが、日本のライトノベルだけを抽出した統計が無いためにその売上の詳細はわからない。しかし日本マンガの売上に比べても、ライトノベルは一部のタイトルを除き、売れたとは言い難かった。

とは言え、日本マンガのブームのピークの頃には出版社はライトノベルを出版するモチベーションを十分に持っていた。今は実質的に出版を行っていないTOKYOPOP社も、2006年に「Pop Fiction」(日本のライトノベルには限定していなかった)というラインを立ち上げ、『キノの旅』『スクラップド・プリンセス』等を出版し、Seven Seas Entertainment社も同年からその名も「LIGHT NOVEL」というレーベルのもと『ブギーポップは笑わない』等を出していた。この他、日本マンガを出す出版社のいくつかもレーベルこそ持たないが、ライトノベルの出版を行っている。

業界の情報サイトICv2発行のガイド本に掲載された2008年初頭の記事(3)によると、日本マンガを出す米出版社を対象にした調査の結果として、北米における2006年から2008年のライトノベルの販売点数を以下のようにあげている。(アニメ等のコミカライズも含む。)
2006年  25
2007年  52
2008年  110(予定数)

ちなみに上記と同期間のマンガの出版点数は以下の通り。
2006年  1087
2007年  1468
2008年  1731(予定数)

ICv2の記事では、上記の調査に関して、2006年の調査では2007年の出版予定点数が合計72冊だったのに対して、実際の出版数が52冊となっている点を指摘し、売上が伸び悩んでいるせいだとしているが、同時にある程度の売上を見込めると考えたからこそ、2008年は前年の倍以上出版予定点数が増えたのだろうとも推測している。
2009年以降の正確な数字は不明だが、少なくとも一時期は、ライトノベルの出版がある程度の期待を持って試みられていたのだ。

Seven Seas Entertainmentの編集者Adam Arnold(アダム・アーノルド)氏は当時を振り返り、「あの頃はまだ(ライトノベルを出す)時期ではなかった」と述懐している(4)。「あれ以来我が社は慎重になった。(出版する)タイトルは市場とピッタリ合ったものでなければならない。」

■ <Yen Pressの挑戦>

ライトノベルの新レーベルYen Onを新しく始動させたYen Pressのディレクター、カート・ハスラー氏はディブ・アオキ氏のインタビューに答えて、長年ライトノベルの可能性は感じていたが、Yen Onを始めることにしたのは、ようやく本格的に出版するための機が熟したからだと述べている。その要因の一部としてハスラー氏が挙げた点を以下に列挙してみよう。

1)日本のアニメ・マンガというカテゴリー全体に対する認知度の上昇
2)正規の電子配信によるアニメ・マンガのアクセサビリティの向上
3)日本におけるライトノベル人気の持続
4)日本以外のアジア地域のライトノベルの売上の良さ
5)ライトノベル出版を希望するファンからのリクエスト数の増加

機は熟したとする自らの判断の正しさの例として、ハスラー氏は今年の4月にYen Onで出版した『ソードアート・オンライン』が発売開始週にBookscanの売上リストのSF部門で1位となり、それ以後も(インタビューのあった8月下旬まで)連続して20位以内を維持し続け、販売部数が5刷で3万部に達したことを強調した。

ハスラー氏の判断が正しかったかどうかは結果が出るまではわからない。筆者が今回このコラムでYen Onをとりあげたのは、かつて幾度か試みられてもなかなか売上にむすびつかなかったライトノベル出版に、業界大手と言えるYen Pressがあらためて本腰を入れて取り組んだことだけが理由ではない。何よりも、Yen Onのマーケティング戦略がとても明確で興味深かったからである。

Yen Onが購買層として日本のライトノベルを売り込もうとしているのは、ハッキリとアニメ・マンガに親しんでいる若者だ。こう書くと「今更なぜそんなあたりまえのことを言うのだ」と思われるかもしれないが、アメリカにおける日本のライトノベル出版を過去にさかのぼって見ると、Seven Seas Entertainment社他を一部除くと必ずしもその読者として「アニメ・マンガファン」が第一に想定されてきたわけではなかった(5)。

Yen PressはYen Onを「日本のライトノベル」の専門レーベルとして立ち上げ、日本アニメ・マンガファンに訴求力のある形で出版することに力を入れている。それは本の顔とも言うべき表紙の絵を見るとよくわかる。Yen Press自身も、2006年に出版した最初の『涼宮ハルヒの憂鬱』はLittle Brownという児童書を出す出版社と共同出版だったこともあり、その表紙は日本で見慣れたいとうのいぢ氏によるものではない。(後にオリジナルの表紙絵の本も出している。)

前述のTOKYOPOPの「Pop Fiction」ラインでも同様である。TOKYOPOPは、そもそも日本のオリジナルに限りなく近い形でマンガを出版することを強調したキャンペーンを展開し、アメリカの読者の支持を得た出版社であり、アメリカにおけるマンガと「MANGA」という言葉の普及に貢献した出版社でもある。そのTOKYOPOPですら、ライトノベルを出す時は一部の作品を除いてオリジナルの絵を使わず、アメリカで新しく作成したデザイン性の高い表紙に変えていた。

201

ここでYen Pressが2009年12月に出した『狼と香辛料』をみてよう。Yen Pressはライトノベル『狼と香辛料』を出した時、日本のオリジナルの絵を使わず、別の写実的なイラストを表紙に使っていた。
ところが出版から4か月後、Yen Pressの公式サイトにおいて『狼と香辛料』について以下のような内容の告知が掲載された(5)。表紙の変更にショックを受けるファンからのフィードバックを真摯に受け止めた結果、ネット書店で日本のオリジナルの絵を使ったバージョンの『狼と香辛料』を発売する。そして2巻以降はカバーが付き、そのカバーには1巻と同様写実的なイラスト、そしてカバーをはずすとその下に日本のオリジナル版のイラストが現れる仕様にする。

この告知の中で特に興味深かったのは、カバーにアメリカ版の写実的なイラストを使うのは、「より一般的な購買層にアピールする本にして欲しいとの小売店からの要望に応えて」のことだと説明している点にある。
つまり、『狼と香辛料』で当初Yen Pressが行ったのは、アメリカで従来出版されている若者向けの小説と同じような体裁の本を出すことであり、それは日本のアニメやマンガに特に親しんでいない一般の若者を主なターゲットにすることであった。そして、それが一般書店において求められていたのである。

後編に続く

(1)「一般書籍との共存共栄が進む 勢いを増すライトノベル」ハイスクールタイムス
http://www.highschooltimes.jp/news/cat40/000192.html
(2) “Interview: Kurt Hassler and JuYoun Lee on Yen On Light Novels”
(3) “ICv2 Guide to Manga Anime” Mar/Apr 2008 #50, p.6
(4)“Light Novels Arrive in the U.S.—Again”
(5) “Spice & Wolf Take Two!” Yen Press,April 26, 2010
http://www.yenpress.com/2010/04/spice-wolf-take-two/