北米のマンガ事情 第25回 「アメリカのコミックス市場で存在感を増すクリエイター・オウンド作品」 後編

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情 第25回
「アメリカのコミックス市場で存在感を増すクリエイター・オウンド作品」‐後編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』『ブラック・ホール』『デイトリッパー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

「WILD C.A.S」。イメージコミックスの代表作
「WILD C.A.S」。イメージコミックスの代表作
<イメージ・コミックス>

イメージ・コミックスの設立については膨大な記事やインタビューが存在するので、日本でも知る人は多いだろう。ここでその設立経緯について詳しく述べることはしないが、この新出版社はクリエイターの人気を軽視していた会社側だけでなく、設立した本人たちも驚くほどの爆発的な熱狂を持って読者に迎えられた。もともとのアーティストとしての人気に加え、彼らはクリエイターを搾取する巨大企業に正面から立ち向かい、権利を勝ち取るために戦う若い英雄となったのである。
しかし残念ながら、しばらくすると美しい理想のもとに戦ったはずのイメージ・コミックスの創設者たちに対する幻想も薄らいでいった。内紛が明るみになり、本もスケジュール通りに出なくなった。そして何より、ライターやアーティストを雇ってオリジナルのスーパーヒーロー作品を制作しているイメージ創設者たちの一部が、まさに自分たちが反旗を翻した大手出版社のように、雇ったクリエイターたちに対してふるまっていたことが明らかになってきたのである。

90年代半ばを過ぎると、コミックブックに対する投資熱も冷め、あたかもバブルがはじけたようにコミックブックの売上も落ち、設立当初数百万部を誇ったイメージの人気作品の売上も激減していった。

イメージ設立の成功直後、コミックス業界では多くのライターやアーティストがイメージの7人に追随して行動を起こすのではないかと推測する人も多かったが、一部の人気アーティストを除くとその数はかなり少なかったと言える。
むしろ、他のクリエイターたちはイメージのアーティストたちの離反によって空いた「マーベルのアーティスト」という椅子を競って取りにいった。たとえ権利が制限されていても、大手で働くメリットは確かに存在する。大手の原稿料は高く、安定した収入となりうる。有名キャラクターの人気シリーズを手がけることができれば評価も上がる。そして何より、大手の作品は読者数が多く、自分の創作物をたくさんの人に見てもらえる。

イメージ・コミックスの設立は、コミックス業界に大きなショックを与え、そのインパクトはクリエイターに対する業界の認識を改めるに十分であり、クリエイターの待遇向上等に少なくない影響を残した。とは言え、その波及効果は限定的であり、特に大手コミックス出版社の親会社が多数のメディアを抱える大複合企業となった今では(マーベルの親会社はディズニー、DCコミックスはワーナー)、プロパティ所有の重要性は以前にも増して高くなり、大手のスーパーヒーロー作品におけるクリエイターの権利は抜本的に変化したとは言えない。

ここまで見てきたように、アメリカのコミックス業界にとって、制作した作品に対するクリエイターの権利とは所与のものではなかった。業界が存在した最初から、それはクリエイターが望んでも得られないものとしてあり、そのため、多くのクリエイターにとって権利とは自動的に与えられるものではなく、勝ち取るしかないものだったのである。
作者が権利を有する「クリエイター・オウンド作品」はこの文化的背景があってこそ、使われるようになった言葉と言える。

日本でもクリエイターオウンドの作品は翻訳出版されている。「I Kill Giants」
日本でもクリエイターオウンドの作品は翻訳出版されている。「I Kill Giants」
<クリエイター・オウンド作品の隆盛>

冒頭で述べたように、近年クリエイターがすべての権利を有する作品=クリエイター・オウンド作品が注目を集め市場で存在感を増している。先に挙げたイメージ・コミックスも(その設立趣旨を考えれば当然とも言えるが)クリエイター・オウンド作品に力を入れている出版社のひとつだ。
本コラムの冒頭で、アイズナー賞「Best Continuing Series」部門のノミネート5作品のうち4作品がクリエイター・オウンド作品であると述べたが、このすべてがイメージが出版したものである。

それでは、2014年現在、単行本の売り上げ上位に何作も登場し、アイズナーの主要な賞で数多くノミネートされる等、クリエイター・オウンド作品が市場での勢いを増しているのはなぜか。筆者が推測する理由は2つ、(1)流通の変化(2)読者層の拡大に伴う作品の多様化である。

まず一番大きな理由は出版形態と流通の変化だろう。日本では雑誌で連載されていた作品の単行本化が70年代に定着するが、アメリカではコミックブックの単行本化が一般化するのは90年代以降である。2000年代に入ると単行本化される作品が更に増えるのと同時に、それまでは主にコミックス専門店に置かれていた単行本が、一般書店にも置かれるようになった。
そして単行本化し一般書店で売られることで、専門店に来るファンよりも読者層が拡大する。この読者層の拡大に伴い、様々なタイプの作品が受け入れられるようになった。

更に、クリエイター・オウンド作品自体の傾向にも変化が見られた。90年代まではクリエイター・オウンド作品と言っても、スーパーヒーローやスーパーヒーローというジャンルに強く影響を受けた作品が多かったが、SF、ファンタジー、ホラー等のジャンルの作品は現在でも以前と変わらず多いものの、2000年代以降になると読者の好みの多様化につれ、内容も多様化していった。

結果として、クリエイターがその創造性と権利を行使する場所とそうでない場所の棲み分けが行われるようになった。
クリエイター・オウンドの人気作品は、既にマーベルやDCコミックスで人気の出たクリエイターにより制作されている場合が多い。人気クリエイターの中には、大手のマーベルやDCで会社の所有するプロパティであるスーパーヒーロー作品を手がけると同時に、自分が権利を所有するオリジナル作品は他の出版社から出す、というように出版社の需要や自分のやりたいことに従って発表場所を選択する人が多く出てきた。

日本でも上記で取り上げたようなクリエイター・オウンド作品を邦訳版で読むことができる。『ウォーキング・デッド』(飛鳥新社)、『アイ・キル・ジャイアンツ』(小学館)、『WE3』(小学館集英社プロダクション)等々、その数は少なくない。日本のマンガに慣れた読者にも読み易い作品が多いので、これから翻訳される機会も増えていくだろう。
しかし、これらの作品は日本では決して「クリエイター・オウンド」とは呼ばれない。何故なら日本において「クリエイターが著作権を所有する作品」とは、アメリカのコミックス業界と同じ文化的意味を持ち得ないからである。

参考文献:
Jean-Paul Gabilliet, “Of Comics and Men : A Cultural History of American Comic Books”, 2010, University Press of Mississippi(特に12章「The Creators」を参考にした。)