北米のマンガ事情 第24回 「アメリカのコミックス業界で活躍するジョー・チェンの日本デビュー」 前編

 

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情 第24回
「アメリカのコミックス業界で活躍するジョー・チェン(Jo Chen)の日本デビュー」‐前編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』『ブラック・ホール』『デイトリッパー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/
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『In These Words』
『In These Words』

今年5月初頭、リブレ出版から第2巻の出た『In These Words』はある意味珍しいBLマンガである。作者は、「Guilt|Pleasure(ギルトプレジャー)」というユニット名で活動する二人組で、原作担当はNarcissus(ナルキッソス)、絵を担当するのは咎井淳(とがいじゅん)。単行本の帯には以下のように書かれている。

「アメコミ超大手マーベル、ダークホース、DCコミックの大人気作家・咎井淳(ジョー チェン)が描くBL最新刊!Amazon.co.jp書籍総合ランキングBLコミック部門1位」

この帯にあるように『In These Words』の作者のひとり・咎井淳は別名Jo Chen(ジョー・チェン)といい、アメリカの大手コミックス出版社でアーティストとして活躍する台湾生まれのアメリカ人である。

以前にもこのコラムで取り上げたが、日本人ではないアーティストが日本向けにオリジナル作品を出して活躍する例はまだ少ない。特にアジアではなく北米の大手コミックス出版社で働きながら、同時に日本で連載を持った作家というと、「スパイダーマン」で人気となったアーティスト・宮沢武(Takeshi Miyazawa)など、ほんの数例しかないだろう。

今回のコラムでは、日本マンガのBLジャンルで成功した稀な海外アーティストであるジョー・チェンの日米双方における受容のあり方について見てみたい。

<日本のマンガシーンにおけるジョー・チェン>

『In These Words』が日本で珍しい作品なのは、作者がアメリカのコミックス業界で活躍する(台湾系)アメリカ人でありながら、日本のマンガ雑誌に連載を持ち、なおかつその作品がBLにカテゴリーされる作品であること、そして更に言うとBL作品として人気を得ている点にある。

「ダ・ヴィンチNEWS」では1巻が出た直後に「腐女子はアメコミに萌えられるのか?アメコミ官能BLが登場 (*1)」(2012年9月24日)という題名で本作品を取り上げた。そして「アメコミ的な要素が垣間見られる」、または「アメコミ的ですごく迫力がある」等としながらも、“アメコミ”のイメージを裏切る魅力的な作品として内容を伝えている。

『In These Words』はそもそも、チェンと原作を担当するナルキッソス(チェンと同じく台湾系アメリカ人)がアメリカで出した同人誌だった。リブレ出版の編集者がアメリカのコンベンションでその本を見て気に入り、日本での出版を提案したという。同人誌を見て編集者が作家をスカウトすること自体は最近ではよくあることかもしれないが、日本の編集者が海外の作家をスカウトとなるとそれほど多いケースではない。

しかも、BL ジャンルの作品で人気を博していることも稀なケースと言っていいだろう。以前、英語が話せるフランス人女性アーティストに依頼されて、筆者は日本のBL出版社への作品の持ち込みに同行したことがあった。筆者自身はBL作品をあまり読まないので、あくまで通訳兼付き添いという立場で、持ち込みの間中、仏人アーティストと一緒に編集者の話をずっと聞いていた。

その際個人的に感じたのは、そのジャンルにおける文化的文脈を認識する重要性である。それは例えば、過去から連綿と生み出されてきた作品の傾向やお約束事、絵柄や物語など様々な要素の流行と言い変えてもいいかもしれない。特にBLではそのジャンルを好み、ジャンル内の作品を選んで数多く読んでいる読者が大勢存在する。当然BLジャンルに限らず、どのジャンルの作品にも同じような文化的文脈は存在するが、その時の持ち込みからBLでは製作者側も読者側もその文脈を特に大事にしている印象を受けた。

誤解の無いように書いておくと、筆者は「ジャンルの文化的文脈を踏まえた作品でなければ読者に受け入れられない」と考えているわけではない。むしろヒット作や評価が高い作品はそのような文脈から外れたところから生まれるのかもしれないが、文化的文脈を理解しない作家が、その文脈を身につけた作家と争うのは、特にデビュー時においてはハードルが高いと感じた。

例えば、絵柄の流行がある。様々な絵柄の人気作家はどの時代にもいるが、時代ごとにその時代を代表する特徴や流行があるだろう。2014年現在、仮に80年代的な絵柄で新しく作品が出れば、もしかしたら読者はその作品を古臭く感じるかもしれないし、作者が“敢えて”その絵柄を選ぶ意図を読み取ろうとするかもしれない。しかし、海外の作家は時系列順に日本の作品を読んでいるとは限らず、絵柄の時代ごとの流行を認識しているとも限らない。そのため、読者がその絵柄に感じるであろう感覚を共有できないのである。

ここで例えば、以下のような反論が出るかもしれない。「これだけインターネットで簡単に情報が入手できるようになった時代では、海外であっても文化的文脈を共有するのは容易であり、海外作家と日本人作家の区別でジャンルの文脈の認識に差異があると考えるのはおかしい。」

確かに、海外と日本の作家の間で認識に差異の少ない場合もあることは推測できる。(もしかしたらBLというジャンルがそうなのかもしれない。)しかし、筆者はこの時代にあっても文化的違いを過小評価してはいけないと考えている。特に作家レベルで(個人的な交流ではなく)海外の業界との交流が少ない日本のマンガ業界においては、海外の作家が日本のマンガ家と同じように日本マンガの文化的文脈を認識するのは難しく、現時点では海外作家が日本市場向けに作品を作るには、日本の作家とは別の困難が伴う。

このようなハードルを超えて『In These Words』が日本でヒットした背景には、作家が二人ともアジア系、特に台湾系だったことも大きいだろう。東アジア圏の台湾は日本と文化的親和性が高い上に、台湾には古くから日本マンガが入り、人々は日本マンガに慣れ親しんでいるからだ。特にチェンは幼い頃から日本のマンガが好きだったようである。

日本の読者に受け入れられたチェンは、それではアメリカではどのようなアーティストなのだろうか。『In These Words』作画を担当したジョー・チェンのアメリカでの仕事について簡単に書いてみよう。

*1 http://ddnavi.com/news/86091/

中編に続く