北米のマンガ事情 第22回 「アメリカのコミックスは本当にスーパーヒーローばかりなのか」‐前編‐

 
文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情 第22回
「アメリカのコミックスは本当にスーパーヒーローばかりなのか」‐前編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

 

今回はいつもと少し趣向を変えて、アメリカにおける日本産のマンガの状況についてではなく、アメリカにおけるアメリカのコミックスの市場について書いてみたい。アメリカのコミックスと言うと、日本では多くの人がスーパーマン、バットマン、またはXメンなどの「スーパーヒーロー」を思い浮かべるのではないだろうか。

スーパーヒーローばかりで無いことは「スヌーピー」(原題「Peanuts」)などを思い出しても、すぐわかることだが、様々な理由でアメリカのコミックスには「スーパーヒーローばかり」という印象があり、恐らくそれは日本ばかりではなく現地アメリカでも多くの人がそう思っている。
しかし、その状況が過去10年の間に少しずつ変わってきた、とは近年よく言われることだ。その間、スーパーヒーローを題材にした映画が数多く作られ、中には大ヒット作が生まれるなど、ハリウッド映画だけ見るとスーパーヒーローは依然として人気のように見えるにも関わらず、である。一部のスーパーヒーローでない人気作品がこの認識の変化に貢献したとも言われるが、どうやらそれだけではなさそうだ。

統計的裏付けを得るのが難しく、かなり印象に頼った話になってしまうことをご容赦いただいた上で、今回はアメリカにおいて「コミックスと言えば、スーパーヒーロー」という、今でも支配的だと思われる社会的認識が、過去10年間で少しずつ変わってきた要因を、コミックスの出版形態に焦点をあてて考察してみたい。
(本コラムで言う「コミックス」とは、物語を語る際のひとつの表現形式全般を指す。)
 

(C)Getty Images
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<スーパーヒーローを扱ったコミックス作品>

ジャンルとしての「スーパーヒーロー作品」とはどのような作品を指すのか、定義づけることは本コラムでは行わない。恐らくスーパーヒーロー作品の愛好者であればあるほど、どの作品をスーパーヒーロー作品と呼ぶかは判断が分かれ、それぞれの基準は様々だろう。
ここではその議論に踏み込まず、漠然と「特徴的な外見や能力を持った超人(人間に限らず、異星人、元人間等も含む)が登場する作品」と考えるに留めたい。

過去数十年に渡ってアメリカでは、スーパーヒーロー作品の出版数がコミックスの市場の大部分を占めていると考えられてきた。
とは言え、定義付けの問題を脇に置き、スーパーヒーロー作品を仮に特定できたとしても、ひとつのジャンルの作品の正確な統計的数字を得るのは事実上かなり難しい。そのため、スーパーヒーロー作品の出版数や売上が市場でどの程度を占めているかを正確に知るのはほぼ不可能だ。

ここで、ひとつのリストを見ていただきたい。

2002年 7
2003年 10
2004年 10
2005年 10
2006年 10
2007年 8
2008年 10
2009年 10
2010年 10
2011年 10
2012年 9
2013年 9

これは2002年から2013年の間に、コミックス専門店が取次から購入した「コミック・ブック」の部数リストのトップ10内におけるスーパーヒーロー作品の数である。スーパーヒーロー作品が部数上位トップ10位までを圧倒的に占めている。
(2002年の非スーパーヒーロー作品は3冊とも『トランスフォーマー』、2007年はスティーヴン・キング原作のSFファンタジー『ダーク・タワー』、2012年と2013年の1冊は両方ともドラマでも人気の『ウォーキング・デッド』。)

このリストの作成は、コミックス専門店にコミックスを卸す流通会社「Diamond Comic Distributors Inc.」(以下、DCD)が毎年発表しているコミック・ブックの卸部数トップ500(年によってトップ100や300の場合もある)を参考にしている。コミックス専門店の流通は売れ残った本を返本しないシステムなので、出版社にとってはこの数字が売上部数となる。
ちなみにこのリストの2013年版を見ると、トップ500のうちスーパーヒーロー作品と考えられるものが447を占め、全体の89%強にものぼった。

部数トップ300の合計売上額がコミック・ブック全体の売上額の95%ほどを占めるとの見解もあり、それがある程度正しいとすると、個々のコミック・ブックの値段は若干幅があるが、トップ500の89%という数字は2013年のコミック・ブック市場全体をかなり反映し、その年のコミック・ブック市場においては、スーパーヒーロー作品の寡占状態は今でも続いていると考えていいようだ。
(コミックス専門店で売られるコミック・ブックは、コミック・ブック市場全体の90%以上を占めると言われる。)
 

(C)Getty Images
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しかし、上記のリストに「グラフィック・ノベル」を加えると以下のようになる。
(「コミック・ブック」を「C」、「グラフィック・ノベル」を「G」で表している。)

C G
2002年 7 3 (*1)
2003年 10 5
2004年 10 8
2005年 10 3
2006年 10 3
2007年 8 4
2008年 10 3
2009年 10 3
2010年 10 2 (*2)
2011年 10 1
2012年 9 2
2013年 9 3

*1) うち1冊は非スーパーヒーロー作品に登場する架空のスーパーヒーローコミックスのコミカライズ作品。
*2) スーパーヒーローをメタ的に扱った『キック・アス』も含む。

このリストがコミックス専門店への卸部数トップ10に限定されていることや、コミック・ブックとグラフィック・ノベル全体の売上規模等にそれぞれ違いがあることなどから(2012年には、コミックス専門店における、コミック・ブックの売上額はグラフィック・ノベルのおよそ1.7倍 )、上記の統計が単純に市場全体を反映しているとは言えないので注意が必要だが、それでもコミックス専門店への卸部数にみる人気作品のジャンルの傾向に、出版形態の違いでここまで明らかな偏りが見られる点は重要だ。

リストを一見してわかる通り、スーパーヒーロー作品はコミック・ブックで圧倒的に強く、その一方でグラフィック・ノベルでは、それほどではない。部数トップ10でスーパーヒーロー作品の占める割合はコミック・ブックで94%、グラフィック・ノベルで34%である。

結論から言えば、「コミックスと言えば、スーパーヒーロー」という社会的認識が、過去10年間で少しずつ変わってきた要因のひとつは、この表がその一端を示すようにグラフィック・ノベルの台頭にあると筆者は考えている。
アメリカではもともと、コミックスとはコミック・ブックで出版されるものであり、そのコミック・ブックの作品の多くがスーパーヒーローだったために、「コミックスと言えばスーパーヒーロー」という認識が形成された。

しかしある時期から、コミックスの本であるグラフィック・ノベルの認知度が高まり、その存在が一般に知られるようになった。それによりコミック・ブックの従来の愛好者とは別に、スーパーヒーローではないグラフィック・ノベルを手に取る新しい読者が増え、更にはヒット作品も出ることによって、「コミックスと言えば、スーパーヒーロー」という認識に変化が現れてきたのではないだろうか。

この仮説を説明するまえに、「コミックス専門店」と「コミック・ブック」、そして「グラフィック・ノベル」についてあらためて解説しておこう。

“Overall print comics market topped $700 million in 2012” John Jackson Miller, February 17, 2013, COMICHRON: The Comics Chronicles http://blog.comichron.com/2013/02/overall-print-comics-market-topped-700.html?m=1
中編に続く

 

(C)Getty Images ウォークングデッドは非スーパーヒーローの代表作。テレビドラマ化で人気となった。
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ウォーキングデッドは非スーパーヒーローの代表作。テレビドラマ化で人気となった。