北米のマンガ事情 第20回 海外のマンガ賞:「アイズナー賞」と「アングレーム国際漫画賞」 中編

 

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情
第19回
「海外のマンガ賞:「アイズナー賞」と「アングレーム国際漫画賞」」 PART2

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

 

コミコンは、いまではコミックス業界を超えた一大イベントになった。
コミコンは、いまではコミックス業界を超えた一大イベントになった。

■ アイズナー賞

2.「アイズナー賞」創設の経緯

「アイズナー賞」の正式名称は「ウィル・アイズナー・コミック・インダストリー・アワード(The Will Eisner Comic Industry Awards)」と言う。『スピリット』『コントラクト・ウィズ・ゴッド(Contract with God)』等の代表作を持つ偉大なアメリカのマンガ作家ウィル・アイズナーの名を冠したこの賞は、正式名の「インダストリー・アワード」が示すように、アメリカのマンガ業界、すなわち日本では「リーフ」とも呼ばれる30ページ前後のコミックブックが中心をなす業界での業績を顕彰する賞である.

もともと「アイズナー賞」は「ジャック・カービー賞(The Jack Kirby Award)」を引き継いだものであった。ジャック・カービーとは編集者スタン・リーと共に、「Xメン」「超人ハルク」「キャプテン・アメリカ」「ファンタスティック・フォー」など、数々の有名スーパーヒーローを作り上げ、「キング」とのあだ名を持つ人気マンガ作家でありアーティストである。「カービー賞」はマンガ出版社ファンタグラフィックス(Fantagraphics)の社員デイブ・オルブリッチ(Dave Olbrich)が1985年に始めた賞だ。

オルブリッチの回想によると(4)、彼と彼が勤めていた出版社の仲間たちは1983年から始まった「コミックブック・バイヤーズ・ガイド・ファン・アワード(Comic Book Buyers Guide Fan Awards)」賞に満足できず、業界が提供できる最高の作品のリストであるような賞を目指して「カービー賞」を作った。

ファンタグラフィックス社は現在では堅いマンガ批評誌『コミックス・ジャーナル(The Comics Journal)』や文学的なマンガ作品を出版することで知られているが(5)、当時出していたスーパーヒーロージャンルを主に扱うファン向けの雑誌『アメージング・ヒーローズ(Amazing Heroes)』が「カービー賞」のスポンサーとなり、「サンディエゴ・コミコン」でカービー自身の手により受賞者に賞が手渡された。しかし同賞は、1987年にファンタグラフィックス社とオルブリッチの間で賞の所有者の立場を巡り対立が起こったことで2つの賞に分裂し、たった3年で事実上終了する。

ファンタグラフィックス社もオルブリッチも独自に賞を設立。1988年、前者はマンガ作家で『MAD』の編集者としても知られるハーヴェイ・カーツマンの名をとった「ハーヴェイ賞(The Harvey Awards)」を、一方後者は「ウィル・アイズナー・インダストリー・アワード(アイズナー賞)」を開始した。「アイズナー賞」はそのまま「カービー賞」を引き継いで「サンディエゴ・コミコン」で授賞式を行い、1990年以降はコミコンの主催者である「コミコン・インターナショナル」が運営を担当し現在に至る。

一方、中小コミックス出版社にとってはコミコンはいまでも重要なビジネスな場でもある。
一方、中小コミックス出版社にとってはコミコンはいまでも重要なビジネスな場でもある。

2.賞の特徴

「アイズナー賞」がマンガの賞としてユニークで、まさに「インダストリー・アワード」(業界賞)であることを知らしめている点があるとすれば、それは賞のカテゴリーが細分化されている点にあるかもしれない。現在では30ほどにも達したカテゴリーの多さは、長年分業が当たり前であったアメリカの業界のマンガ制作現場と、多様な形態(雑誌、コミックブック等)で出版されるマンガの出版状況を反映しているとも言える。

特によく知られているのが、賞の部門として「下絵と清書(penciling, inking)」「カラー(coloring)」「写植や効果音(オノマトペ)(lettering)」などがそれぞれ分かれているところだろう。更には、コミックブックの1号で終了する読み切り作品(single issue,one-shot)、数号続いてひとつの物語が完結するリミテッド・シリーズ作品(limited series, story arc)、単行本に相当するグラフィック・アルバム(graphic album)など、どれも厳密に言うと日本には存在しないコミックブックという、1930 年代から綿々と続く出版形態の存在抜きには考えられないカテゴリーである。

更にマンガ専門の小売店を表彰する「ウィル・アイズナー・スピリット・コミックス・リテイラー・アワード(Will Eisner Spirit of Comics Retailer Award)」も、マンガの業界と専門小売店の結びつきの歴史的な深さ失くしてはありえない。

選考過程は「アカデミー賞」に近い。業界人、批評家、研究者、図書館司書、マンガ専門店等々の審査員が選んだノミネーション作品から、業界人が投票する。コミックブックの創作過程や出版形態に詳しくない人には必ずしもわかりやすくない細分化されたカテゴリーは、業界人による投票を前提としているためであり、すなわち「アイズナー賞」とは、業界人が業界人の業績を讃えるための賞なのだ。

後編に続く http://www.animeanime.biz/archives/18704
前編はこちら http://www.animeanime.biz/archives/18670

(4) Dave Olbrich, “The “origin” story of The Jack Kirby Comics Industry Awards” December 16, 2008
http://funnybookfanatic.wordpress.com/2008/12/16/the-origin-story-of-the-jack-kirby-comics-industry-awards/
(5) ファンタグラフィックス社は、同時に日本のエロマンガの出版も行っている。