北米のマンガ事情 第17回 「北米のマンガ読者とスキャンレーション」-2- by 椎名ゆかり

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情
第17回
「北米のマンガ読者とスキャンレーション」 PART2

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

 

カナダの有名コミックス専門店のオーナーであるクリストファー・ブッチャー氏。マンガフェスティバルToronto Comics Arts Festivalも主催する。
カナダの有名コミックス専門店のオーナーであるクリストファー・ブッチャー氏。マンガフェスティバルToronto Comics Arts Festivalも主催する。

■スキャンレーション

椎名 : 
商業的な売上だけで見ると、日本のマンガのブームのピークは2006年で、それ以降下がり続けています。

アオキ氏 : 
個人的には、北米で今、日本のマンガへの購買意欲はこれ以上ないくらい下がっていると思います。それと同時に、日本のマンガへの興味はまったく下がっていないと思います。

椎名 : 
その両方がスキャンレーションのせいですか?

アオキ氏 : 
そうです。スキャンレーションによって常にマンガに触れていられるから興味が持続しているのです。そして同時にスキャンレーションの存在があまりにも普通なので、マンガに対してお金を払うという気持ちになりません。読み始めた頃からずっとネット上に無料で読めるものとして存在しているので、お金を払う必要も感じなければ、払わないことに対する罪悪感も無いのです。

椎名 : 
そのことはコンベンションのパネルディスカッションなどで、観客から出る質問等にもよく表れていますね。
スキャンレーションの話を制作者の前ですることに何の問題も感じない人もいれば、正規版がスキャンレーションより遅く出版されることで出版社を責める人もいます。わたし個人は改善するために「スキャンレーションは著作権者の権利を不当に侵害している行為」だということをもっと知らしめる「教育」が必要だと思っていますが。

アオキ氏 : 
そうですね。読むほうは悪気すらないのです。無料に慣れすぎていて、それが当然の権利だと思っている。先ほど、2002年のマンガブーム以降にマンガを読み始めたファンはそれ以前の読者とは違う、という話をしましたが、ブーム以降のファンは特にスキャンレーションが増大した時期にマンガを読み始めているので、スキャンレーションを読むことにためらいの無い世代です。

椎名 : 
スキャンレーションは技術の進歩に従って増えていて、わたしが調べたところでもスキャンレーションが爆発的に増えたのは2000年代の中盤です。

ブッチャー氏 : 
だから、海外のフェスティバルに日本のマンガ家を連れていくのは大事だと思うのです。
わたしはこの5月に自分の運営するTCAF(Toronto Comics Arts Festival)に小学館「IKKI」で『SUNNY』を連載する松本大洋氏の特別展示を行い、編集長の江上氏と一緒に松本氏に登壇してもらう予定です。こうやってクリエイター自身の顔をファンに見せて、実際にマンガを制作する人の存在をしっかり知ってもらうことも、海賊版の違法性を認識してもらう上で重要だと思います。

「アニメ!アニメ!」編集長の数土直志氏 : 
スキャンレーションで言うと、やはりアグリゲーター(スキャンレーションのリンクを集めたポータルサイト)が諸悪の根元だと思います。書店に行けばどんな本があるかひと目でわかるけれど、ネット上では個々の作品にたどり着くのはそれなりに労力がかかる場合があります。
でもアグリゲーターのようなポータルサイトではすぐに大量の作品のリンク先を知ることができ、スキャンレーションで読むことを容易にしているからです。

ブッチャー氏 : 
残念ながら、アグリゲーターがたとえ無くなっても状況は変わらないと思います。あるスキャンレーションのサイトにたどり着き、そのサイトの掲示板にさえ入れば、色々なスキャンレーションの情報をすぐに手に入れることができます。P2Pや様々な手段でファンはアグリゲーターがなくても簡単にスキャンレーションを読むでしょう。

アオキ氏 : 
アプリなどのメディアの変化も重要な要素だと思います。今ではスマートフォンのアプリでも簡単にスキャンレーションが読めますから。

椎名 : 
先日、Jmangaが行った日本マンガの翻訳コンテストでアオキさんは審査員をなさったわけですが、スキャンレーションを正当化するためか、マンガ読者の中には「スキャンレーションの翻訳のほうが公式の翻訳よりも良い」という人が多くいますね。

アオキ氏 : 
そういう場合も無いとは言えません。ただしわたし自身は、「スキャンレーションのほうが良い」というのは「翻訳の質」以外の要素も含まれているように感じています。

椎名 : 
わたしが気づいた例で言うと、いわゆる「translation note」と呼ばれる翻訳の注釈が充実していると、「翻訳が良い」という評判を得る傾向にあるようです。

アオキ氏 : 
それに加えて、人気作品でスキャンレーションのほうが公式の翻訳よりも先に出る(註:実際に「週刊少年ジャンプ」などの例で言えば、日本で雑誌が店頭に並ぶよりも前に、スキャンレーションがネット上に出ることもある)場合など特に、先にスキャンレーションで読んでしまっているので、後で読んだものが違うと、先に読んだほうが正しいと思ってしまうこともあるようです。

公式の翻訳には出版社の検閲が入って意図的に変えられていると思う読者もいますが、実は読者がオリジナルに忠実だと思っているスキャンレーションのほうがオリジナルの日本語に忠実でない場合もあります。例えば登場人物がアメリカ人の好みに合う喋り方に変えられているような場合です。たとえオリジナルとは違っていても、日本語が読めない読者は自分が自然に感じるほうを「オリジナルに忠実な良い翻訳」と思い込むのでしょう。

椎名 : 
かつては「オリジナルに忠実なほうがいい」「日本産でなければマンガではない」というファンも多くいましたが、先ほどお話に出たように日本マンガのスタイルで描かれたアメリカ産のマンガも増えてきました。今でもMANGAと言えば日本という状況はあるのでしょうか?

ブッチャー氏 : 
今はMANGAと言えば、ある種の絵柄のジャンルを意味するようになっていて、必ずしも日本と結びつかない場合も増えているように思います。

椎名 : 
去年、アメリカのロス・アンジェルスで行われたアニメのコンベンション「アニメ・エキスポ」に行った時、アメリカの作品である『Homestuck』や『My Little Pony』のコスプレイヤーが多くて驚きました。「アニメ・エキスポ」でさえも、日本のアニメやマンガが好きな人が集まっているとは限らない場所になっているんですね。

ブッチャー氏 : 
日本のアニメやマンガを好きなアメリカ人が好むアメリカの作品というのはあると思います。確かに昔からのファンには「日本産でなければダメ」「オリジナルに忠実でなければダメ」という人が多かったと思いますが、特に最近のファンにはそういう傾向が見られなくなってきました。

椎名 : 
つい先日、日本のマンガだけをデジタルで販売する、オールジャパン体制のJmangaサイトが事業の停止を発表しました。

アオキ氏 : 
Jmangaには問題点がいくつかあったとは思いますが、彼らが良い作品を届けるため、一生懸命にできることをやっていたことに疑いはありません。『NARUTO』『ワンピース』などの人気作品を販売していなかったのは残念ですが、その代わりあまり海外で知られていない作品との出会いも提供してくれました。あのようにたくさんの出版社のバックアップを受けたJmangaが上手く行かないとなると、正直、これからの日本マンガの北米でのデジタル販売の未来は難しいと思わざるを得ません。

ただやはり、前にも言ったようにマンガへの興味はどんな理由であれ、決して落ちているわけではありませんので、未来に対して必要以上に否定的になる必要もないと思います。

 

■インタビューを終えて

インタビューを終えて、あらためて日本のマンガは北米においてはある種の岐路に直面しているのではないかと感じた。

80年代から始まった日本マンガの商業出版の歴史を振り返ると、何年か毎にヒット作が生まれて、新たなマンガ読者が生まれている。しかし、どうやら時代毎に新しく読者が生まれてはいても、読み続ける読者は育たず、世代交代が起こっているため読者層が広がらないのが現実のようだ。もちろんいつの時代にもマンガを卒業せずに読み続ける一部の熱心な読者はいるが、それがマジョリティなわけではない。

好みに合う作品が無いのか、子供の読みものだという偏見のせいか、それとも他の要因なのかはわからないが、コアな読者以上に読者層を広げ、卒業しない読者を育てるには、日本マンガの多様性や素晴らしさを訴え続けていくしかないのかもしれない。「読めばわかる」「良い作品は売れる」というのは時には真実であったとしても、まったく文化の違う国においては、その国の人が理解できる言い方や方法で「これがどのようにいい作品なのか」「どういう点が大人も読む価値のある作品なのか」を説明する必要もある。

読者の海外への広がりという点を歴史的に見ると、その過程で海賊版の存在は常にあり、普及への貢献が肯定的にとらえられた時期もあった。しかし今はかつてない規模で現代の海賊版であるスキャンレーションが広がり続け 「マンガは無料で読めるもの」という認識を蔓延させている。そして一方で、日本マンガの人気でMANGAというジャンルが確立したことにより、逆に「日本マンガ」というブランドは見えにくくなっている。

膨大な数でネット上に散らばるスキャンレーションをどう対処し、日本マンガというブランドをどう打ち立てていくのか。今、日本のマンガにとって北米で直面している課題は本当に大きい。

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■ 北米のマンガ読者