CEDEC2011レポート アニメとゲームをつなぐ架け橋    ――金田伊功氏の業績を中心に 1

CEDEC2011レポート アニメとゲームをつなぐ架け橋    -
――金田伊功氏の業績を中心に 1

文:氷川竜介(アニメ評論家)

 CEDECは”Computer Entertainment Developers Conference”の略。日本最大のゲーム開発者向けカンファレンスである。この9月初旬にパシフィコ横浜で開催されたCEDEC2011では、2年前に物故した金田伊功氏によるゲームの仕事の紹介を筆頭に、いくつも興味深いアニメ関連の講演が行われた。それを中心にレポートしつつ、ゲームとアニメの関係性、両者をつないだときに生まれるものについて考えをめぐらせてみたい。

■ 日本アニメの伝説、金田伊功氏がゲームに残した物(9月7日)

 日本製アニメの画づくりを特徴づけるもののひとつに、アクションのタイミングや空間パース、ポーズの誇張がある。リアリズムをベースにしながら、どこかで現実を超えた生理が快感をもたらす。そうした動きのおもしろさを、70年代後半から80年代前半のロボットアニメやSFアニメで提示し続けたアニメーターの旗手が、金田伊功氏である。
 その仕事は観客を刺激して多くの若者を業界に呼び込み、さまざまなクリエイターが継承・アレンジ・発展させて「メカとエフェクト」の専門家たちを生んだ。そうして描かれる独特のスペクタクルによって作品がリッチになっていった歴史がある。
 90年代末、金田伊功氏は超大作CG映画『FINAL FANTASY』(2001年公開)に参加するため、アニメ業界を離れてスクウェア・エニックス(当時はスクウェア)に入社。ハワイでの制作を終えて帰国した後は、ゲームの仕事を続けていた。活躍の場はゲームになってもオープニングアニメに見られる金田アクション、金田パースの切れ味はますます先鋭化していく。そんな矢先の2009年7月21日、突然の訃報となった。
 筆者も急遽、追悼として金田伊功氏の業績を紹介する役回りとなったわけだが、どうしてもアニメが中心で、ゲームの仕事はタイトルとオープニングなど断片的になってしまう。文化庁メディア芸術祭の特別功労賞展示でゲームの成果物を見ると、金田アクションは生き生きと発展を続け、楽しんで仕事をされていたのがよく伝わってきて、いつかその全貌を知りたいと切望していた。

 今回の講演は、まさにそうした願いをかなえる最適のものとなった。映像だけでなく、デザイン、コンテ、レイアウト、原画に至るまで「金田伊功によるゲームの仕事」が時系列で総覧的に紹介。『ゼビウス』の生みの親として高名でアニメにも詳しい遠藤雅伸氏(CEDEC 2011運営委員会、株式会社モバイル&ゲームスタジオ)が聞き手、株式会社スクウェア・エニックスで金田氏と仕事をともにした時田貴司氏が語り手である。
 手描きの原画やコンテは中間生成のため、プロジェクト終了で散逸しかねないが、スクエア社内が一丸となって資料収集したという逸話からも、いかに金田氏がゲームの仕事で重要なポジションにあり、その画づくりの実力だけでなく、気さくで軽妙な性格が同僚から慕われていたかも同時に伝わってきて感慨深かった。
 以下、講演内容を紹介していこう。

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