北米マンガ事情第8回 北米のマンガブームのきっかけ 3

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-
第8回 「北米におけるマンガブームのきっかけとなったキャンペーンとは」

椎名 ゆかり

■ バイヤーとしてのブームの牽引者

北米版マンガは出版社が違っても装丁はよく似ている

ハスラー氏はもともとアメリカのコミックスも日本のマンガも好きで、ボーダーズに入った当初からグラフィック・ノベル部門のバイヤーになりたかったそうである。そのハスラー氏がボーダーズのバイヤー時代、TOKYOPOPの出した『セーラームーン』を見て売れると確信し、自分からTOKYOPOPに出向いて直接本の注文を出した後、当時まだ本の出版社として経験の浅かった同社に対して、本の製本からサイズ、売り方までも指南した。

JETROのインタビューにもあるように右開きで出すように指示したのもハスラー氏ということだ。当時マンガの絵を反転することに抵抗を覚えるマンガ家も少なからずいた。反転して印刷するという翻訳マンガの慣習のせいで、アメリカに翻訳出版権を売るのをためらう日本の出版社もいたし、アメリカの出版社側にも左開きというアメリカでの慣習に逆らって本を出すことに抵抗はあった。
しかしハスラー氏は、TOKYOPOPに右開きでの出版を強く勧める。ファンが右開きを受け入れる確信があったからである。

更に、「自分の顧客をよく知ることがプロの仕事」と言うハスラー氏には、自分が売れると思う本は実際によく売れるという自信があった。そのため、特に売れると思う本についてはタイトルの具体名を挙げてライセンスを取得するよう、TOKYOPOPにアドバイスした。
その際少女に人気の出そうなタイトルにこだわったのは、ボーダーズの顧客の半分が女性だったからである。後にハスラー氏はペンネームを使ってTOKYOPOPからマンガ原作者としてもデビューしている6。その作品の売上も良く、これもハスラー氏が読者はどういう作品を求めているかを理解していた証拠のひとつかもしれない。

TOKYOPOPに対して版型から装丁、ライセンスのアドバイスまで行った上で、ハスラー氏は「100% Authentic Manga 」キャンペーンで全面的にTOKYOPOPに協力する。ボーダーズとして初めて紙製の専用スタンドを作り、そのスタンドに同キャンペーンで出されたTOKYOPOPの本を並べ、ボーダーズとウォルデンブックスの店頭に置いたのだ。このスタンドも注目を浴び、既に述べたように、このキャンペーンは大成功を収めた。

その成功に続いて、ハスラー氏は他の複数のマンガ出版社にもTOKYOPOPと同様なサイズと似た装丁でマンガを出すように提案する。
ひとつの出版社だけでなく、複数の出版社から出たマンガが同じ大きさだったら棚に並べやすく、棚スペースが効率的に使える上に、見た目も揃って目立つようになる。しかも、同じ棚に揃って並んでいれば、ジャンルで本を探す消費者にとって本を見つけるのが容易になる。

大手書店のバイヤーが出版社に対して本のサイズや装丁にまで口を出す、というのはアメリカではそれほど珍しいことではないにせよ、ハスラー氏の提案はTOKYOPOPという成功例のおかげで説得力があったに違いない。

わたしが行ったインタビューでハスラー氏はこう言っている。「サイズやフォーマットを変えろと言ったわけはありません。ただ、TOKYOPOPではこのやり方がとても上手く行ったので、その状況を見ればやってみる価値がある、と言ったのです。そしてわたしはあの頃、”もしこれをやってくれたら、弊社はあなたの会社の本をサポートすることができる”と言える立場にいました。」当時全米で1300~1400もの店舗を抱えていた書店のバイヤーにこう言われたら、そのやり方に従う気になるのも当然だろう。

かくして、ボーダーズのマンガの棚には同じサイズでほぼ統一されたマンガがずらっと並ぶようになった。他の書店もボーダーズの成功を見習い始め、アメリカの大手書店チェーンのマンガコーナーで立ち読みする若者たちの姿が日本でも多く報道されるようになったのはこれ以降である。
ハスラー氏は2006年にボーダーズを離れるが、それ以降もボーダーズはマンガ販売に対して積極的であり続けた。そして今年初頭、ボーダーズが会社更生法を申請し、後にほぼ倒産が確定するまでマンガ市場全体のほぼ30%がボーダーズを通して売られていたのである。

現在、電子書籍の売上が毎日のように話題になり、電子書籍戦略が日々更新されていく中、TOKYOPOPはマンガ出版を止め、紙の本の販路としてのボーダーズは既に無く、書店業界1位であるバーンズ&ノーブルズ(Barns & Nobles)の経済状態の危機も伝えられている。マンガブームは去ったと言われ、アメリカでの本の市場状況はブームが始まった当初とは随分違うものになった。

ここまで見てきたように、TOKYOPOPの功績として取りあげられがちなマンガブームは実は書店の存在、特にボーダーズという大手書店チェーン、そして更に言うとカート・ハスラー氏というバイヤーの存在なくしては起こるのは難しかった。ハスラー氏は自分のことを「適切な人間が適切な時に適切な場所にいた」と表現したが、それは恐らくTOKYOPOPのスチュアート・リービー氏にも当てはまる。

冒頭でも述べたが、10年前のマンガブームを起こした要因は数多くあり、TOKYOPOPとボーダーズだけにその理由を求めることはできない。多くのことが重なり合って起こったブームだった。しかし「ターゲットである消費者の買い易い価格設定」や「小売店舗で商品の露出向上」といった、ある意味ものを売る時の基本中の基本がその大きな要因となっていたことは見逃すべきではないだろう。

6 Segamu, Melissa Dejesus “Sokora Refugees” TOKYOPOP 2004