北米マンガ事情第8回 北米のマンガブームのきっかけ 2

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-
第8回 「北米におけるマンガブームのきっかけとなったキャンペーンとは」

椎名 ゆかり

■ 書店チェーン「ボーダーズ」

もともとアメリカでコミックスは長い間、ニューススタンドやコミックス専門店で販売されるものだった。アメリカの本の流通は複雑なので、乱暴を承知で簡単に説明すると、アメリカでコミックスは日本と違ってファン向けという色合いが強く、しかも収集の対象でもあり新作と同時に古本も同時に売買されるため、その多くが一般書店ではなくコミックス専門店で購入されている。

VIZの創業者のひとり堀淵清治氏は著作『萌えるアメリカ:米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』(2000年、日経BP社)で、日本のマンガを一般書店に流通させる苦労を書いているが、アメリカのコミックス読者以外にもファンを増やしたいと考える時、専門店以外の販路の拡大は必要不可欠だった。
しかし、マンガがアメリカに進出した当時、馴染みのないマンガを書店もどう扱っていいのかわからず、書店に流通させることは難しかったのである。

その状況を変えたのは「ポケモン」のヒットだった。ビデオゲームとカードゲーム、そしてアニメのヒットにより、VIZの出していた「ポケモン」マンガがいきなり売れ出したのだ。この時は「トイザらス」などの玩具量販店で売れたようだが2、結局この売上を見た書店が以前ほどマンガを扱うことに抵抗を感じなくなり始めていた。

そんな中、上で取り上げたTOKYOPOPのキャンペーンに大々的に協力した書店があった。当時大手書店チェーンとして業界2位だったボーダーズ(Borders)である。そしてそのキャンペーンを積極的に後押ししたのが、ボーダーズのグラフィック・ノベルのバイヤーだったカート・ハスラー(Kurt Hussler)氏だった。

現在はボーダーズから引き抜かれる形で、大手出版社アシェット(Hachette)USAのマンガレーベルであるエン・プレス(Yen Press)のパブリシング・ディレクターという立場にいるハスラー氏は、ボーダーズ時代の2006年に業界ニュースサイトICv2による「マンガ業界で最も影響力のある10人」で1位に選ばれている。(ちなみに、同リストでTOKYOPOPの社長スチュアート・リービー氏は3位である。)
ハスラー氏が選ばれたのは、「北米のマンガ業界発展における販路としての書店の圧倒的な重要性」3が主な理由であり、それは氏がバイヤーという立場でイニシアティブを取り、ボーダーズとその傘下にあったウォルデンブックス(Waldenbooks)に大量のマンガを仕入れ、マンガ専用の棚を作ってマンガの露出を助け、売上増加に大きく貢献したからであった。

一般書店という場所での露出無くして、女性読者をマンガに引き込むことできず、更には女性読者も加わった市場規模が無くては1冊10ドル以下という価格は維持できなかった。
言い換えると、ブームと言えるマンガの急激な売上増加を支えた女性読者の流入はボーダーズでの売り場面積の増加によって加速し、その読者層の拡大によって低価格を維持できたのである。

ICv2は「最も影響力のある10人」の記事の中で、ある取次業者と出版業界人の話として以下の言葉をそれぞれ引用した。「(カート・ハスラー氏を)アメリカのどの書店チェーンに送り込んだとしても、彼は一夜にしてその書店をマンガとグラフィックノベル売上で全米売上1位にするだろう。」「(ハスラー氏が)アメリカのマンガ売上全体の40%から50%をコントロールしている。」当時のハスラー氏のしたことを考えると、これはあながち誇張とは思われない。
本記事の掲載されている「アニメ!アニメ!」のインタビュー4やJETROによるインタビュー5を読んでもわかるように、氏は大手書店のバイヤーとして出版内容にまで踏み込んだ形で出版社と関わっていたからだ。

筆者は幸運にもこの7月にサンディエゴで行われたコミックスのコンベンションでハスラー氏にインタビューすることができ、直接お話を聞くことができた。具体的に当時ハスラー氏が行ったことを、以下に簡単にまとめるが、興味のある方は上記2つのインタビューも合わせて読んでいただきたい。

2 堀淵清治 『萌えるアメリカ』(2000年、日経BP社) 153ページ
3 ICv2 “Retailers Guide to Manga” 2006 #14 、8ページ
4 「YenPress カート・ハスラー氏に聞く  -出版社が語る米国マンガの現況ー」2011年8月23日
   http://www.animeanime.biz/all/118212/
5 「我が国のコンテンツの海外における「ゲートキーパー」プロファイリング調査」(米国編) 2011年3月
   http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000627/usa_gate_keeper.pdf

3ページ バイヤーとしてのブームの牽引者に続く