北米マンガ事情第8回 北米のマンガブームのきっかけ 1

文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-
第8回 「北米におけるマンガブームのきっかけとなったキャンペーンとは」

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。現在は文化庁のメディア芸術を推進する部署で研究補佐員として勤務中。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

前々回の本コラムでは「TOKYOPOPの北米manga 事業撤退」と題して、アメリカのマンガ出版社TOKYOPOPが北米でマンガ出版を止めた背景について書かせていただいた。

TOKYOPOPはその創業以来次々と新しいプロジェクトを行い、21世紀以降のアメリカのマンガブームを牽引してきたマンガ出版社である。社長のスチュアート・リービー氏が本格的にマンガの出版を開始したのは1996 年。Mixx Publicationsとして始まったその会社は1年後Mixx Entertainmentへ、そして1998年にTOKYOPOPへと社名を変更し、数々のヒット作品を出版した。
新しい試みを行った分だけ毀誉褒貶も激しく、特に飾らない性格のリービー氏の性格のせいか、しばしばその言動も批判の対象となっていた。今年の5月を最後に北米でのマンガ事業から撤退した後も、リービー氏は東日本大震災のドキュメンタリーフィルムを撮影する自らのプロジェクトのために寄付を募集するなど、北米のマンガファンに話題を提供し続けている。

批判も数多く受けた一方で、TOKYOPOPはファンから愛された会社であり、その撤退を惜しむ声も多い。特にTOKYOPOPがマンガ出版を止めたことは同社の市場占有率を越えた衝撃を市場に与えた。事業撤退時、TOKYOPOPの売上は業界3位と見られていたが、マンガブームを牽引したTOKYOPOPの存在感は大きく、その撤退が実際の状況以上にマンガブームの終焉を印象づけてしまったことは否めない。

今回このコラムでは、TOKYOPOPが北米でマンガ出版を行ったほぼ15年の中でも、北米でのマンガブーム形成に最も貢献したキャンペーンについてあらためて書いてみたいと思う。

■ TOKYOPOPによる”本物のマンガ”キャンペーン

TOKYOPOPがアメリカにおける21世紀以降の日本マンガブームの立役者のひとりであることは疑いようがないが、そのブームが起きた理由のすべてをTOKYOPOPに求めることはできない。例えば、TOKYOPOPがマンガ出版を開始する以前からアメリカでずっとマンガ出版し続けていたVIZ の存在なくして、あのブームは起きなかっただろうし、ゲームから始まった「ポケモン」人気がなかったら、マンガという日本からのコンテンツの認知度はここまで向上しなかったかもしれない。
しかし、マンガ市場で突然の売上増加という一種のブームを作り出したきっかけになったのは、間違いなくTOKYOPOPのひとつのキャンペーンだった。

2002年、TOKYOPOPは自社のマンガに「100% Authentic Manga (100%ホンモノのマンガ)品質第一公式商品」とマークを付けてキャンペーンを行い、それまでの業界の慣習とは違うやり方でマンガを出版し始めた。このキャンペーン以降のTOKYOPOPのマンガとそれまでの翻訳マンガの違いを、参考のために以下に簡単にまとめてみる。

1)右から左へ読み進める、日本と同じ「右開き」。
それまで日本マンガの翻訳版は一部例外はあったものの、通常の英語の本のように左から右へと読み進むことができるように、絵を反転して印刷しているものが多かった。TOKYOPOPはこのキャンペーン以降すべてのマンガをオリジナルのマンガと同じ右開きのままで出版した。

2)効果音(オノマトペ)を訳さない。
これにも例外はあるが、それまでの翻訳版マンガは効果音を翻訳するだけでなく、新たに効果音の文字をリタッチ(作り直す)していた。TOKYOPOPの本では効果音をリタッチしないだけでなく、翻訳もされていない。

3)10ドルを切る価格。
12ドル99セントや16ドル99セントだった価格を、10ドルを切る9ドル99セントにした。

4)出版サイクルの期間短縮。
1回出版されると次の出版まで半年以上間が空いているのが通常だったが、その期間を短くし、早い時には毎月、もしくは隔月で出版した。

5)日本の単行本に近い大きさでサイズを統一。
日本の単行本に比べると大きいサイズで出ていた翻訳版を、ほぼ日本の単行本と同じサイズで統一した。

高屋奈月さんの『フルーツバスケット』はTOKYOPOPで最もヒットした少女マンガ。同社の経営を支えた。

このキャンペーンはその名「100% Authentic Manga」が示す通り、”本物のマンガ体験ができるマンガ”の発売として大々的に行われ、大成功を収めた。TOKYOPOPのいう本物のマンガとは表面的には上に挙げた5点で、それは日本で出版されたオリジナルの本にかなり近い形で出版されたマンガを指す。そしてオリジナルに近い形の出版とは、ローカライズにおける作業の省略を意味した。つまり生産コストの低下である。結局のところ、ブームの形成においては、本を右開きのままにしたり、効果音を翻訳する手間を省くことによって安い価格を実現した点が大きかった。それにより、作品のターゲットである若い年齢層の読者にとってマンガの購入が容易になったからである。

余談だが、TOKYOPOPの翻訳に関しては低価格実現のために翻訳代を低く押さえこんだことで質が悪いと批判されることも多い。TOKYOPOPがマンガ事業から撤退した今でも、業界の翻訳に求められる質や翻訳代の標準価格の低下という負の遺産として非難の対象となっている1

とは言え、このキャンペーンの大成功の結果、アメリカではマンガの認知度が劇的にあがってゆき、加えてこれまでアメリカではコミックスの読者として認識されてこなかった女性層が、マンガの読者として注目を集めるようになった。厳密に言うと、アメリカで日本の少女マンガを最初に商業出版したのはTOKYOPOPでは無い。しかしアメリカで少女マンガ人気の先鞭をつけた作品『美少女戦士セーラームーン』を1997年に出版し、その後も少女マンガを積極的に出すことでアメリカにおいて「少女マンガ」とジャンルを確立したのはTOKYOPOPだった。(日本で言う「少女マンガ」とアメリカのファンが言う「少女マンガ」は厳密には同じではないが、これについては別の機会に書くことにする。)

いずれにせよ、このキャンペーン開始以降、マンガを扱う書店や書店で扱われるマンガの数が増していき、北米でのマンガブームが本格化したと言える。TOKYOPOPの「100% Authentic Manga」キャンペーンは、マンガをあらためてパッケージし直し、今までとは違う魅力を持つ商品として当時のターゲットである消費者に売りこむことに成功した。しかし北米でのマンガブームをすべてTOKYOPOPのおかげとすることができないように、このキャンペーンの成功のすべてをTOKYOPOPの功績とすることはできない。そこには、このキャンペーンを積極的に推進した書店の存在があったからである。

1 Matt Thorn “The Tokyopop Effect” April 22, 2011
http://matt-thorn.com/wordpress/?p=495

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