斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」
第14回 「特撮映画マーケティング・ヒストリー」 ゴジラVSシリーズの栄光(後編)-
斉藤 守彦
[筆者の紹介]
1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。
【「−VSモスラ」から「−VSメカゴジラ」へ。】
1993年正月。「ゴジラVSモスラ」は大ヒットとなり、「日本沈没」の持っていた東宝正月映画配収(20億円)を破る22.2億円を記録した。
当時の宣伝部長は「−VSモスラ」が大ヒットした理由として、次の5点であると発言した。1=関連会社10社からなるゴジラ委員会による連携プレイ、2=「−VSキングギドラ」本編後づけ、「ドラえもん」上映時の特報から始まり、5月クランクインの時の製作ニュース、7月30日「モスラの日」イベント、9月の東京国際映画祭、11月3日「ゴジラの日」イベントと、途切れることなく続いたパブリシティ展開、3=コニカ、ナムコ、東芝など多彩な企業とのタイアップ、4=テレビ東京での「冒険!ゴジランド」放映とスタッフ・キャストによるキャンペーン、5=ゴジラとドラえもんとの連動宣伝展開。自社プロパー作品、しかも1年の始まりである正月興行での大ヒットによって、東宝内外は大いに活気づき、早くも製作が決定したゴジラVSシリーズの新作「ゴジラVSメカゴジラ」もヒットが確実視されていた。
【この戦いで、すべてが終わる。】
その「ゴジラVSメカゴジラ」は、「−VSモスラ」同様、大河原孝夫監督と川北紘一特技監督のコンビにより、93年4月20日より特撮班がクランクイン、引き続き5月より本編班が撮影を開始することとなった。「−VSキングギドラ」「−VSモスラ」の大ヒットによって、東宝はこの時点でゴジラVSシリーズを完全にファミリー番組と認識し、子供達を主眼においた宣伝展開を心がけた。だが60年代末から70年代にかけてのゴジラ映画、いわゆる「東宝チャンピオンまつり」時代に作成されたポスターとは違い、宣伝材料においてはむしろ大作感が前面に打ち出された。チャンピオンまつり時代に散見された、いかにも子供向きな(惹句の類にルビがふられている。あるいはすべてひらがなで、さも子供に話しかけるように「今度のゴジラは●●●だよ!」などと書かれている)デザインのものとは一線を画し、VSシリーズにおいては初期のティーザー・ポスターが生頼範義画伯によるイメージ・イラストで、これが映画完成から公開に向けてはスチル写真をコラージュした本ポスターへと変わっていったが、いずれの場合も前述したように大作感が打ち出されていた。
例えば「ゴジラVSメカゴジラ」のティーザー・ポスターでは、「この戦いで、すべてが終わる。」とのコピーが、当初構想されていた3体合体によるメカゴジラのイラストで彩られており、極めてシャープな印象を残す。またコピー中に「すべてが終わる。」とあえて銘打たれているのは、トライスター製作によるハリウッド・ゴジラがこの時期始動することが想定されていたからだ。「ゴジラVSメカゴジラ」の製作発表は5月26日、東宝スタジオにて行われ、この時新しいキャラクターであるベビーゴジラが披露された。
【世紀末覇王誕生】
「女性層に受けたモスラに対して、男の子に向けてメカ特撮の面白さを見せたい」という川北紘一特技監督の意気込みを反映し、また「ゴジラ生誕40周年記念作品」の冠に相応しい興行を展開すべく、「ゴジラVSメカゴジラ」の宣伝タイアップは、前作同様の規模で行われた。パートナー企業の社名を列記すると、日立家電、WOWOW、西友、日本旅行、コニカ、日鉄ライフ、東京ガス、毎日放送(関西支社)、トヨタ自販(関西支社)、ミニミニ(中部支社)といった面々。既にレギュラーとなった企業の名も散見されるあたりは、ゴジラVSシリーズのタイアップが一定の成果を上げている証拠と言えよう。
スタッフ、キャストによる地方キャンペーンは、名古屋、大阪、福井、熊本、福岡、札幌、青森、仙台、広島の10都市。なお同時期にスーパーファミコン「超ゴジラ」の発売、小学館連合による12都市14会場一斉試写会では、1回の上映で1万人に本編を見せ込み、さらに5000枚以上の割引券を配布するという力の入れようだった。
これらのタイアップ、プロモーションは、公開に向けて作品の知名度を上げ、消費者の鑑賞意欲を刺激した。「ゴジラVSメカゴジラ」の公開27日前の前売り券発売枚数は「−VSキングギドラ」の同時期前売り数対比177%、「−VSモスラ」対比110%となる4万1100枚(全国96館計)となった。特にローカルでの前売りが好調なところから、当時の宣伝部長は「配収目標は『ゴジラVSモスラ』を超える30億円」と、大いに気勢を上げたのであった。
【「三枝くん、やるんだ!」】
さて初日を迎えた「ゴジラVSメカゴジラ」は、どのような成績を上げたのか。当時筆者が書いた記事は、例によって東宝の発行するプレスリリースに基づいているが、それによると「全国主要25館での初日・2日目成績は、配収22.2億円をあげた『ゴジラVSモスラ』対比で人員108%、興収108%と大盛況。
一方ローカルでも人員・興収とも前作を大幅に上回る上映館が続出しており、ローカルも強いゴジラの興行が立証された。主要館とローカル館の比率は31対69とローカルが主要館よりも圧倒的に強い理想的な全国区型の興行形態」とのこと。オープニング興収ベスト3は、以下の3劇場。
1=梅田劇場(1万1420名、1603万1000円)
2=京都宝塚(8065名、993万6000円)
3=日劇東宝(7172名、973万7000円)
確かにオープニングの段階では「ゴジラVSモスラ」を上回ってはいたものの、女性客が多かった「−VSモスラ」に対して、男性客主体の興行を想定した「−VSメカゴジラ」の場合、その持続性に難がある。映画興行の常識として、女性客が多いほうがロングラン興行は有利となり(女性のほうが男性よりもクチコミが効くからだ、ということらしい)、例えオープニングで大きな成績を上げようとも、正月以降の興行では客足が大きくダウンする可能性もある。「−VSモスラ」のように、邦画系での上映を終了しても洋画系の劇場で続映(ムーブオーバー)され、長期に渡って多くの観客を集めるケースを、興行の世界では「腰が強い」というフレーズで言い表している。しかるにゴジラ映画の“腰”は、対戦怪獣の持つ固定客や作品のフォルムが大きく影響し、結果的に「ゴジラVSメカゴジラ」は、前作より1週間長い8週間の興行であったにもかかわらず、配給収入は18.7億円と、「−VSモスラ」を3.5億円ほど下回る結果と相成った。とはいえこの成績は、同年に公開された「平成狸合戦ぽんぽこ」の26.3億円に次ぐ、邦画ナンバー2の配収であり、シリーズとしてはハイ・アベレージであることに変わりはなかった。
2に続く