特殊映像ラボラトリー第35回 幻の「攻殻機動隊」 ―1―
斉藤 守彦の特殊映像ラボラトリー第35回-1-
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー/3週間だけ上映された、“幻の「攻殻」”−「攻殻機動隊/インターナショナル・ヴァージョン
斉藤 守彦
[筆者の紹介]
1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。
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久々にお送りする「クールアニメ・マーケティング・ヒストリー」だが、今回は筆者自身が携わったアニメ映画について語ろうと思う。タイトルは「攻殻機動隊/インターナショナル・ヴァージョン」。ご存じ押井守監督の「攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL」の海外公開ヴァージョンである。
この作品が1997年3月15日から東京・テアトル新宿を中心に6大都市で公開されたことは、あまり知られていない。そもそも「インターナショナル・ヴァージョン」とは言うものの、1995年11月に日本公開されたヴァージョンと比べて、どこがどう違うかといえば、本編そのものは英語吹き替えが施されている以外、特にカットされたシーンも追加された箇所もない。
ただしラストのクレジットが、日本版では川井憲次氏の音楽で幕を閉じるのに対して、「インターナショナル・ヴァージョン」ではブライアン・イーノとU2が組んだPASSENGERSによる楽曲が流れる。言ってみればそれだけの違いではあるものの、先にアメリカでリリースされたビデオが、全米ビルボード・チャート・ナンバーワンを獲得したことから、海外公開ヴァージョンにもファン・ニーズが見込めるのではないかと、誰かが考えたのだろう。それが誰かは分からないが、筆者としてはこの「攻殻機動隊/インターナショナル・ヴァージョン」の公開に絡むことになったのは、まったくの偶発的出来事であった。
■ 幻の「寄生獣」実写・アニメ映画化案
1996年の9月頃だったと思うが、「攻殻機動隊」でプロデューサーを務めた、講談社マルチメディア事業局の水尾芳正氏より電話があり、来社されたしとのこと。当時の僕は、9年間勤めた映画業界紙を4月末に退社。フリーの映画ジャーナリストとして活動を始めた直後だった。水尾氏の依頼は、今後マルチメディア事業局が中心になって、製作を想定している作品についての、配給・興行展開の予測や具体的な展開についてのアイディアをレポートとして提出して欲しい、ということだった。
その最初に出されたお題が、岩明均のコミック「寄生獣」の映画化についてだった。当時水尾氏は、この題材を実写・アニメの双方向から映画化を考えており、実写版の監督候補として黒沢清の名をあげていた。対する筆者はアニメ版の監督として、当時周囲で「面白い!!」との評価が出始めていた「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督をプッシュした。「寄生獣」はホラー描写も多いが、ベースになっているのは、主人公の家庭や学校での描写だ。この描写をきちんとすることによって、ホラー描写がまた活きるのではないか?といったレポートを書き、水尾氏に提出した。
ところが水尾氏は、「攻殻機動隊」の流れからか、アニメ版「寄生獣」にも押井守監督を想定しているようだった。では押井監督版「寄生獣」が始動するかといえば、そうはならず。どうもその話はダメになったらしいということを、過去形で耳にした。後になって西久保瑞穂、関島真頼両氏による「劇場用長編アニメーション映画『寄生獣』プロット」を手渡されたが、「寄生獣」の件は、その後話題に上ることはなくなってしまった。
■ 配収1億円に終わった「攻殻機動隊」国内公開
そんなこんなの日々を過ごしていると、唐突に「攻殻機動隊」の海外ヴァージョンを劇場公開することになった、との話が浮上した。もとより水尾氏が僕に声をかけたのは、まだ業界紙記者だった頃、当時編集プロダクション・エディット90に在籍していた平田樹彦の紹介で、水尾氏が「攻殻機動隊」の興行は、どのようになるだろうか?と、僕に意見を聞きに来たことが発端だったようだ。
「攻殻機動隊」が劇場公開されたのは、1995年の11月だから、その直前。95年の10月頃水尾氏と初めて面会したのだと思う。その時僕が言ったことは、今でも覚えている。
「配給収入レベルで、1億円ぐらいでしょう」
手塩にかけた作品の、興行的評価があまりに低かったからか、水尾氏はちょっと驚いた表情になったが、こちらとしては正直な意見だった。松竹に配給を委託したとはいえ、メインになるチェーンが東劇系であるあたり、配給会社としても大きな勝負を賭ける作品と捉えていないことは、業界事情を知る者としては明白であり、11月という、正月映画前の時期での公開もまた、同じバンダイビジュアル、講談社が製作の中心になった「メモリーズ」が同年12月23日から正月にかけて、有楽町マリオンの丸の内ピカデリー2を中心に公開されることと比べ、松竹の資本が入っているか否かの違いを考慮しても、その扱いの差は歴然としていた。
結果的に「攻殻機動隊」の興行成績は配収約1億円ということになり、僕が水尾氏に告げた予想は的中することとなった。そんなことからも、「−インターナショナル・ヴァージョン」の興行推移を事前に把握しておきたいと考えるのは、製作サイドとして当然考えることだろう。ただし国内版公開時とは異なり、「−インターナショナル・ヴァージョン」はテアトル新宿を中心に6大都市6館の、いわゆる単館ロードショー・レベルの展開であり、あくまで凱旋興行とのニュアンスが強かったはずだ。
■ 配給:松竹、配給協力:ユーロスペースという、異種混合体制
では「攻殻機動隊/インターナショナル・ヴァージョン」公開にあたって僕が何をしたかといえば、大きく分けて宣伝材料、劇場用パンフレットのテキスト・ライティング、そして宣伝展開そのもののプランニングと関連記事の露出及びそのサポートといったところだ。ただし宣伝活動そのものは、国内版と同様にエディット90が実務を行ったために、筆者としてはパブリシティの方向性や、マークすべき評論家や媒体を示唆した程度にすぎない。また営業に関しては「攻殻機動隊」の劇場配給権を松竹が所有していることから、「配給:松竹」とクレジットされたが、実際には東京と大阪は講談社マルチメディア事業局が、興行会社である東京テアトルと交渉して上映館と公開時期を決定。後の4都市に関しては、ユーロスペースが営業することとなり、同社の北條誠人氏がブッキングを行った。
こうした状況は、月に一度、講談社で開かれる会議にて報告、意見交換されるのだが、当時テアトル新宿の支配人であった榎本憲男氏(今年「見えないほどの遠くの空に」という作品で、映画監督デヴューを果たした)が副支配人と共にノートPCを持参。僕や北條氏の話すことを片っ端からタイピングして行き、後の会議で発言の矛盾が出ると「先月の会議では、こう言ったじゃないか!?」と、PCの画面を目の前に向けて問いつめられるのには、大いに辟易した記憶がある。
2に続く その存在が忘れられたヴァージョン?

